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小説:「僕と姪の梅しごと」(第三話 小さな背中と想い)

 土曜で仕事が休みだったので、お昼前まで布団でゴロゴロとしていた。喉が渇いたので階下に降りると、リビングで果歩がお絵かきをしている。

 冷蔵庫から取り出した作り置きの麦茶をコップに注いで、一口飲んだ。

「あら、おはよう。《《おそ》》よう?」

 背中から、ダイニングに戻ってきた母さんの声。
 
「おはよう。姉さんは?」

 土曜日は姉も仕事が休みなので、よく果歩とでかけたりしているのだが、先程リビングにいた彼女は一人で遊んでいるようだった。

「それがねぇ、なんか会社から電話がかかってきて急に仕事に行ったのよ」
「あ、そうなんだ」
「あの子ももうちょっと力抜いたらいいのにねえ」

 家に戻ってきた事情もあって、なかなかゆっくりするということはできないのかも知れない。母もいるし、微力ながら僕もできることはするが、やはり小さな子供を抱えての生活というのは想像以上に責任があり、大変なのだろう。

 それで果歩は一人で遊んでいたのか。母も洗濯やらなにやらと、午前はバタバタしていることが常だったので仕方がなかったのだろう。

 それにしても、実家に戻ってからの姉さんは忙しすぎではないだろうか。果歩との時間も取っているが、休んでいるところを見た覚えが無かった。先程の様子だと、母も同じように感じているのだろう。

「なんか食べるかい?」

 少しお腹は空いていたが、時計を見るともうお昼前だ。お昼ごはんと一緒に済ますと答えて、僕はリビングに向かった。気配に気づいたのか、果歩が振り返った。

「おはよー、れーちゃん」
「おはよう、果歩ちゃん」
「もうお昼だよー」
「ごめんごめん」

 姉たちが『れいちゃん』と呼ぶので、果歩も同じように呼んでいる。もっとも、少し舌っ足らずなところが可愛いのだが。

 果歩の手元を覗き込むと、やはりお絵描きをしていたようで、色鉛筆を使ってなにやら動物を描いていた。鼻が長いのでゾウだと思うのだが、色合いは少しカラフルで緑っぽかった。周りには他にも動物が描かれていて、女の子の姿もあった。先月くらいに姉さんと動物園に行っていたので、おそらくその時のことを描いているのだろう。のびのび描いていて楽しそうな雰囲気が伝わってくる。

「動物園?」
「うん!」

 元気に返事しながらも彼女の筆は止まらない。どんどんと動物が増えていく。そして、先程の女の子の横にも、もう一人、女の人が描かれる。

「ママ、お仕事忙しいのかなぁ」

 やはり姉がいないのが寂しいのだろうか。ゾウと並んだ母娘の絵。絵の中の二人は満面の笑顔を向けている。

「そうだねー。ママはがんばり屋さんだからね」
「ちゃんとお休みしないと元気に過ごせないのに」

 四歳の女の子から発せられた言葉に息を飲んだ。果歩は寂しいのだと思っていた。大好きな母親と一緒に過ごせないことが悲しいのだと。もちろん、その気持ちもあるのだと思うが、彼女が今憂いていたのは、姉さんのこと。大好きなママのことだったのだ。

 確かに果歩が夜更かししたときなど、明日のためにしっかり休もう、というようなことを姉が声掛けしていたのは記憶にある。

 そして、子供は本当によく見ているのだ。大人のすることや言ったことを。実家に帰ってきて以来、どうしても一生懸命になる姉さんに対して、僕も両親も心配をしていた。それを敏感に感じ取っていたのかも知れない。

 この小さな背中を元気づけるためには、寂しさを和らげるだけではいけないのだ。

「果歩ちゃん、買い物行こうか」

 僕の頭によぎったのは、先日駅前のスーパーで見た青梅だった。そして、ずっと昔にはしゃいでいた姉さんの笑顔。

「どこにいくの?」

 果歩が僕の方を見て尋ねる。秘密を明かすように、僕は少し声を潜めて言った。

「ママの大好きなものを一緒につくろうか」

 笑顔になった果歩と、昔日の姉さんの笑顔が重なった。

(第四話へ続く)


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