小説:「僕と姪の梅しごと」(第二話 母のスマホには孫の写真がいっぱいです)
『納豆 5 お願いします』
仕事を終えてスマホを見ると、母からメッセージが入っていた。猫がお辞儀をするスタンプが添えられている。なんかまた新しいスタンプだ。使いこなしてるなあ。もともとはそんなに機械とかに強くない母なので、スマホのメッセージも最低限の文言だったのが、絵文字やらスタンプやらが最近良く並ぶ。それと写真。
了解したことと、今から帰ることを返信すると、お疲れ様のスタンプと写真が。
写真はリビングで撮影したようで、果歩が両手を上にしてピンと身体を伸ばしていた。ヨガのポーズみたい。何だこれは?
こういった写真はよく送られて来る。母のスマホにはどれだけ果歩の写真が保存されてるんだろう。
最寄り駅の前のスーパーに入って、カートにかごをセットする。別に納豆くらいでカートはいらないのだけど、なんとなく商品を見ながら回るのが好きだった。季節をよく反映しているフルーツは、今はパイナップルとかスイカとか。少し夏の気配が感じられた。
ふと青梅が目に止まった。耐熱ガラスや氷砂糖と合わせて陳列してある。梅酒や梅シロップをということで、準備がいい。ここで一式揃うので、ちょっとやってみよう、という気にさせる販促だな。
「そういえば昔、ばあちゃんの家で梅ジュース作ったなぁ」
ほんのりとした酸味と、柔らかな梅の風味が夏の暑さにピッタリだった。確か、姉も喜んで飲んでいたな。美味しい、美味しいとはしゃいでいたのを思い出した。
忘れないうちに納豆をカゴに放り込んで、ついでに晩酌用の発泡酒やいくつかのつまみもカゴに入れた。
「ただいまー」
「おかえり」
家に帰り着くと、ダイニングには母と姉がいた。もう夕食の時間はかなり過ぎていたので、果歩はもう寝たのだろう。我が家が、一番静かになる時間帯かもしれない。
「納豆入れとくよ」
「ありがとう、玲ちゃん」
買ってきた納豆や発泡酒を冷蔵庫に入れる。母は立ち上がって、僕の夕食を準備してくれていた。
「何書いてるの?」
ダイニングテーブルで姉がなにか書き物をしている。A4の少し大きめのファイルに日誌のようなものが挟まっている。
「連絡帳。果歩の」
姉の手元を覗き込んだら、体調や体温、昨日の入眠時間とか、保育園での様子や、お通じの詳細まで記載されていた。保護者がA4の上半分に連絡事項を記載して、下半分で保育園の先生が様子などを記載してくれるスタイルのようだ。
なんとなく、高校生の頃の学級日誌を思い出したが、あれ、あんまり書くことが無いんだよな。日直のときに結構書くのに困ったような記憶がある。
「そんなのもあるのな。大変じゃない?」
上半分を見ると、結構しっかりと記載されていた。帰宅後にどんなことをしていたのかとか、機嫌が良かったとか。
「まあ、仕方ないよね。けど果歩のことをしっかり見てくれてるからね。手は抜けないよ」
そう言いながら書き進めていく姉の表情はとても柔らかかった。
「ん? バナナ?」
連絡帳に書かれた文字にふと目が止まった。
「ああ、『バナナくん体操』ね。園でやってるみたいで、さっき動画サイトで流して見たら、ご機嫌で踊ってたのよ」
確かに、そのようなことが書かれていた。
「さっき玲ちゃんに写真送ったでしょ」
僕の夕食をテーブルに並べながら母が言った。さっきの果歩が両手を突き上げてヨガのようなポーズになった写真だ。
「ああ、あれバナナだったんだ」
なんとも可愛らしい姪っ子さんである。
(第三話へ続く)