【エッセイ】独白②~自殺未遂~
(過去作)
一度、本気で自殺を図ったことがある。
自室のドアノブにベルトを掛け、首を吊って脱力し、全体重をかけ、自らを放置した。
動機は単純だった。その頃私には、およそ4年間にわたって死神が憑いていて、その真只中にいたからである。
死神は悪魔とは質を全く異にする。(……ここで、死神と悪魔について、その相違点を述べようと思ったが、あまりに気違いじみているので、やめた。)
自殺の勧誘は、無論死神の方の管轄下にある。
死神のとり憑いている間の自殺の決意と、そうでない時の決意も全く異なる。憑かれている者にとっては、決意という語さえ相応しくない。死神に従順に飼い馴らされているため意思というものは無い。虚ろな目で足を引きずるように徘徊し、日々自殺前に必要な段取りをのろのろとしかし着実に行い、その日を待つのである。言語は生半可にして目は常に中天彷徨、萎靡頭。
そんな日々が幾日も続いた後、死への、そして死後の普請が完結したかもわからぬうちに、突然、その日はやってきた。
だが、覚えていないのである。私は時計のない部屋で、どれ位微動だにしていなかったのか。ただ、徐々に息苦しくなり、あともう少し、と言い聞かせては、やけに時間のかかるものだなあと、ぼんやり思っていた。
意識が遠のいてゆき、淡色の「無」が私を誘いかけたまさに寸前で、私は輪からすべり落ちるようにして首をはずし、そのまま床に倒れた。
気分がひどく悪くなったのを感じ、しばらく声はかすれてほとんど出なかった。しかし、声を出そうとしたのには理由があった。妹をそっと部屋へ手招きしたのち、何故だか事の顛末を打ち明けたかったのである。
その心境は未だ明らかではないが、おそらくは、自殺が失敗に終わった侘しさから、それによって生きながらえてしまった自分の今後を瞬時に憂い、その侘しさと憂いを同時に消し去るために、この事件を誰かに共有して欲しかったという極めて安易なものだろう。また、とんでもない事を仕出かしてしまったという、自分によって仕掛けられた一種の辟易に似た思いから、あたかも見てはならぬ光景を見てしまった後、すぐさまそこから急ぎ足で且つ気付かれぬよう逃げ出すように、兎にも角にも時間がないと感じ焦ったので、この一件を即刻処理しなければならないと判断し、告白するに近しい者として最も適切と思われたのが、大抵の事柄に動揺を見せない、妹だったのである。
しわがれ声でようやっと話し終えると、そのベルトを彼女に託し、後生だからこれを、絶対自分の目につかない所に保管して欲しいと、今後また自殺を繰り返さないという誓いさえ立てられもしないのに、彼女に懇願したのである。私は自ずと阿諛のまなこを向けていただろう。明晰な彼女は慰藉も怒りの色もみせず無表情に相対していた。それは彼女の性格上においては至当であり、その時の私にとってはその無言と無表情がこれ程有難かったことはなかった。
皮肉にも、それは母の誕生日であった。