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瓶詰めの残響に

航海に出るものが絶望を胸に抱えたまま、朝を迎えることは出来るのかな。

この思いは行き先も知らないまま、どこかに流れ着くのかな。

拾い集めたメッセージボトルから漏れ出る残響に耳を傾けて。読めないものも読み取れないものも一つ残らず、そこにあったものに思いを馳せて。



『観測者』


平凡に宿る特別も、特別のふりした平凡も、平凡だから気付ける特別も、特別だからこそ描ける平凡な、夢も思いも。どちらに価値があるとか、優っているとか。そんなことはどうでもよくて、特別と平凡を行ったり来たりするその軌跡に意味を見出すことは許されないのかな。もし、そうだと言うのなら、ボクにはもうこの手はいらないんだ。

たとえばキミを、夜空を見上げればいつでも同じ場所で輝く星だとして、その光を平凡として近くに感じたり、やっぱり特別と感じて眩しくなって離れたり、それはきっと不規則な軌道なんだろうけど、特別も平凡も、キミとボクの世界の話でしかないはずだろう。ボクらを見た誰かが、勝手にその位置関係を決めつけたりしているだけなんだから。

それは、地球と月のような関係と言えるのかもしれない。いや、少し違うかな。漆黒の園で息するキミは、居場所のなくなった冥王星。さながらボクは、その園に流れる川の岸辺に佇む渡し守。そっち側に誰かを送り届けても、決して自分はそっちには行けないんだ。そして、キミとボクの間の“重なる心”、そこを詰め寄ることなんて出来っこないし、出来てしまったら、きっと互いに傷つけ合ってボクは飲み込まれて消滅してしまうだろうけど、キミはその痛みすらも抱えたまま、誰も来ない漆黒を回り続けるしかないんだったら、ボクはその“重なる心”を何よりも大切に思うよ。

確かなのはキミとボクとの間の距離で、それは絶望にも焦燥にも期待にも安寧にもなる。それはどちらかが観測し続けるだけで存在する。まあそれはボクの役目なんだけどね。だからさ、特別か平凡かじゃなくて、特別でも平凡でもないんだよ。キミとボクとの世界なら。

キミがどん底にいようが、最果てにいようがそんなのはどうだっていい。たとえその場が何処であろうと、確かなのはキミとボクとのこの距離だけで、ボクはそれをただ観測するだけ。それだけがボクに許されたことだと思うから。

もしかしたら、キミが見た景色を想像することくらいは許されるのかもしれない。その景色に涙することは許されるのかもしれない。その景色を塗り直すことも許されるのかもしれない。でもね、この伸ばした腕は距離を測るためだけのもので、ボクは決してこの指先がキミに触れることを望んでいない。

ボクが干渉していないという干渉が、キミにどう作用するのかは知らない。ボクが干渉してこないという感傷と、どっちのほうがマシかなんて考えたくもない。でもね、どうなったってキミを観測し続けることは決めているんだ。そこに特別な理由はいらないんだよ。キミがキミでボクがボクだから。その間に“重なる心”があるはずだから。

ボクがキミを守れなくても、この心だけは。


これは、強がりと呼ぶべきなのかもしれない。どうにもならないことを、受け入れられないことを、声に出して叫んでしまえたら、それでいくらかは楽になるのかもしれない。でもそれは本質的な救いにはならないし、暗闇を照らす光は時に漆黒の闇を誘う。それにもし、キミが暗闇を目指していたのなら……その場所を奪う権利なんてどこにも無い。そんなことは知っている。分かっている。でも、納得はしていない。もっと他に方法がないか探してしまうのを止められない。この葛藤こそがナイフとなり得るのをわかっていても。

そのナイフの切っ先はどこに向ければいい?


この思いは行き先も知らないまま、どこかに流れ着くのかな。……そうだといいな。

後悔の行き先を与えないまま、進み続けることは辛くはないのかな。……辛いだろうな。

でも、だから、辛さを抱えたキミと辛さを進むボクとの間にひとつの線を引き続けよう。そうやってキミとの距離を測り続けよう。この手が動く限り。だってそれこそが……




この思いは行き先も知らないまま、どこかに流れ着くのかな。……そうだといいな。

大丈夫、届いたよ。


こうしてまた瓶詰めされた思いは航海に出る。

ほら、朝が来る。

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