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私が決めた理由

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ネガティブ人見知り、どうせ私なんか。が口癖だった私が、ワーキングホリデー3カ国、25カ国訪問しました。いくつもの出来事が人々が、腐りきった私を前向きに変えてくださいました。その出…
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#私が決めた理由

第3章「自分が変化したいくつかの話」#28そんなことを考えながら、私はレベルアップ…

レベルアップした。それは、できないと勝手に諦めていたことを成し得たから。 2018年オースト…

第3章「自分が変化したいくつかの話」#26「そして今、そんなことを考えながら、どん…

たかが、そんな簡単な仕事でしょ?「たかが」、と思うなら、あなたにはたかがの出来事しか来な…

第2章「自分を成長させたいくつかの話」 #25そんなことを考えながら、私はハバナの海…

日本って豊かだな。だからあの時発狂したんだなぁ 2012年
キューバ・ハバナ カナダのワーキ…

私の20代に足りなかったもの

私の20代に足りなかったもの だから何だ、と言える力。 何がしたいの? 何してんの? 太っ…

第2章「自分を成長させたいくつかの話」#23そんな事を考えながら、農場で働く前から不…

物事の初めては、不安で、何度話を聞いても経験するまでは確信が持てない。経験してしまうと、…

第2章「自分を成長させたいくつかの話」#17そして今、そんなことを考えながら、バドミ…

「普通はさ、は普通じゃない、ただの自分の物さし。自分の常識は万国共通ではない。」 2019年…

第2章「自分を成長させたいくつかの話」そして今、そんなことを考えながらトンガ人の結婚式で写真を撮っている

信頼ってどこから築き上げられていくのだろう。本気で向き合えば、不器用でも相手に伝わっていることって、絶対ある。 2019年12月 ニュージーランド・オークランド 飲食店の仕事は決まるが、何か別のことをしたいと悶々としていた頃。 求人サイトでウェディングフォトグラファーの求人を見つけた。 しかしながら、一眼レフもなければ実績もない。 ポートフォリオもない。携帯で撮ったインスタグラムがポートフォリオな私の経歴。 ダメ元だが、送ってみた。 なんでもやるので、とりあえず参加させ

第1章「人生の転機になったいくつかの話」#14そして今、私は完全に向上心と競争心を…

「自分にとっての平和ってなんだろう。波風立てないことが、その時の平和という定義だった」 …

第1章「人生の転機になったいくつかの話」#13そして今、私はカナダでひろいひろい世界…

「自覚はない。でも、きっと始まりは誰かの一言。」 2010年10月 カナダ・バンクーバー 「30年…

第1章「人生の転機になったいくつかの話」#12そして今、私は滝に飲み込まれた

「0を100にする事は出来ない。でも、1やりたいことができれば、それはきっとあなたの糧とな…

第1章「人生の転機になったいくつかの話」#10そして今、私は会社を辞めた

「無意味だ。と言うから無意味になる。分かりません知りませんが定型文なら、その仕事は辞めよ…

第1章「人生の転機になったいくつかの話」#9そして今、私はそんなことを考えながら、…

「もう私のことはいいから、先に行ってくれ。そう思っても、文句も言わず助けてくれる、友達に…

第1章「人生の転機になったいくつかの話」#6そして今、私はそんなことを考えながら、…

「偶然にして必然。そんな言葉が似合う出来事に遭遇する時がある。」 2018年4月 オーストラリ…

第1章「人生の転機になったいくつかの話」#2 そして、そんなことを考えながら、帰国して1ヶ月が経つ

「自分が本当にやりたいことをしているかしていないかで、見た目も変わる。これは事実。」 30歳になって。 よく言われること。 え、30歳なんですか?全く見えないです。25歳かと思った。 23歳の時、 よく言われてたこと。 俺ら30代は大変だよな。え、23歳なの?おばちゃんみたいなポーズ辞めなよ。 2020年4月 日本のどこか ニュージーランドから帰国して1ヶ月 コロナの影響で家からほぼ出ない自主隔離生活30日目。 率直に。毎日忙しい。 1/毎朝8時半に起き 2/近所に散