「財務やビジネスDDができなきゃバリュエーションもできない」は本当か?
結論から書くと、
『できた方がいい』
なんですが、
でもこれで終わってしまうと何のこっちゃという感じで、
記事としての価値がゼロなので、もう少し深ぼって書きたいと思います。
通り一遍のバリュエーションなら誰でもできる
こんなタイトルを書くと、バリュエーション業務を生業としているプロの方々からお𠮟りを受けてしまいそうですが、
別にバリュエーションに限らず、公式に当てはめて計算するだけなら誰でもできるというのは一般的に何に対しても言えることでしょう。
最も、それが実務で使えるレベルかと言えば、ほど遠いわけです。(=すなわち、結局は誰にでもできるものではない、ということなんですが)
加えて、『公式に当てはめて計算するだけ』とは、言うは易く行うは難し。
正しく数値を理解して計算モデルに落とし込むことができるかどうかは、正しくファイナンスの知識を持っていることが大前提です。
実際、ちまたにあふれる解説サイトは、間違えていることもありますし。
言い換えれば、
正しく作られたモデルをもらって言われたとおりに当てはめるだけなら誰でもできますが、自らその案件の状況に正しくカスタマイズして、実務上の使用に耐えうるレベルの業務として行うことができるかという点においては、正しく理解した上で実務に精通していなければならないですよね。要は使いこなせないといけないわけです。
ここまでは、至極、当たり前の話ですが…
ただ、最近のM&Aのコモディティ化によって、M&Aの専門家を名乗る人達も様々です。
中には、営業活動のキツいノルマの片手間でバリュエーションをテンプレのモデルに落とし込んでいるだけで満足に説明できない場合や、知識のない人が根拠なくどの案件も『EBITDAの5倍』と主張しているケースなども散見されるので、担当者がきちんと理解しているか、その案件の状況に応じてきちんと精査した上で算出しているかなど、実務経験を積んでいるかを見極めるのは非常に重要な論点となることでしょう。
M&AにおけるバリュエーションとDDの関係性
他の記事で解説したこともありますが、ここでM&A全体のプロセスでDDとバリュエーションの関係性をおさらいしておきます。
そもそも、バリュエーションとDDで使用する数字は完全に別のものです。というのも、
DDは、
過去の実績に対してその事業の本来の状況をあぶり出す作業
であるのに対し、
バリュエーションは、
基本的に未来の予測数値を基に企業の価値を計算する作業
だからです。
従って、DDで見に行く過去の数字は直接的にはバリュエーションには使用されず、価格に影響を及ぼすわけではありません。
だからと言って、つながりがないわけではなく、むしろ大ありなのです。
バリュエーションは対象会社の翌期以降の事業計画をベースに計算をします。計画が伸びれば伸びるほど、バリューが大きくなり、買収価格が跳ね上がりますが、通常そのような事業計画は売り手側や対象会社自身が作成しており、買い手サイドからすれば、必ずしも信憑性が高いものではありません。
そこで、DDを行い、過去の事業の状況やトレンドなどをきちんと理解して、それを基に買い手側としての事業計画を手直しする必要があるのです。高値掴みをして、すぐ減損損失を計上するということがないように、現実味のある計画に落とし込むことがM&A成功のための重要な要素の一つです。
DDの本質と必要な知識とは
では、まずDDとは何か?
という質問にすごく簡単答えると、こういうことになります。
財務DD:
企業の事業や会計の詳細の情報をもらって分析を行い、経営陣へのインタビューを通してその企業本来の実力値を把握するための作業です。事業計画と財務モデルの発射台の数値となります。
ビジネスDD:
業界や競合、市場の分析を通して、対象会社の外部環境を把握する作業と、対象会社の内部状況をベースに今後の売上を上げて行くための要素を把握する作業です。事業計画のための、今後の変数となり得る要素です。
「あれ?監査受けてるからいらなくない?」と思われる方もいるかもしれませんが、そうではないんですね、これが。
企業の財務諸表とは、他社比較が可能となるように皆が同じ会計基準に沿って作成をし、監査法人によってそのお墨付きをもらうという形で世の中で運用されています。
ただしそれは、実際に起きた事象を正しく財務諸表に反映させた上で今期の業績を発表するという目的に対しては良いのですが、それが必ずしも、M&Aで今後の事業計画を策定するのに必要となる、その企業の実力値を表しているとは限りません。
例えば、
50年に1度の大きな大事故があって業績が一時的に棄損しているかもしれませんし、たまたま助成金が支払われて通常よりも大きな利益が出ているかもしれません。
バリュエーションは事業計画がどれほど正しく作成するかが重要と言いましたが、それには、過去ほとんど発生しなかった一時的な落ち込みや上澄みなどを排除した上で、実際の今後の市場環境下でどれほど事業が伸びて行くかを予想する必要があるんです。
その点、内部統制が適切かとか、サンプリングした請求書を正しく会計処理しているかと言った監査項目では、十分ではないのです。
(もちろん、監査によるお墨付きがあるのは重要で、それすらもなければ会計処理そのものが間違えているリスクを織り込む必要が出てきます。非上場企業で監査を受けていなければ、そのリスクは極めて高くなります。)
そこで、どういう知識や経験が必要になるかというと、
財務DDは、
会計に精通している人間が、M&Aに必要なファイナンスの知識をも理解した上で、会社の過去実績を、公開されている財務諸表や開示内容よりもよりM&Aに必要な情報に特化してより詳細に分析できる必要があります。
ビジネスDDは、
市場調査や競合の情報収集と分析に加え、対象会社の事業におけるKPIへの分解と分析を絡めながら、客観的な目でその事業の売上と原価の今後を見通す幅広い知識と経験、そして調査力が必要です。この点は、M&Aだけに特化したものではなく、通常の事業計画の作成とも共通点は多いでしょう。
なお、DDについては、以下の記事で詳細を記載していますので、ご参考にされて下さい。財務DDについては、レポートのほんの一部ですが、サンプルを添付しています(有料)
バリュエーションに必要な知識とは
次に、バリュエーションについて。
こちらは言わずもがな、コーポレートファイナンスの知識が大前提です。
というか、ファイナンスの科目で行う実務と言えば、バリュエーションというような関係値です。
ファイナンスの知識とは、言わば企業会計を『会計学』ではなく、『経営学』としての眼鏡を通して見ることであると思います。
その基礎となる知識はどちらも同じであるため、会計を理解していることがファイナンスを理解するためにも必須であり、それ故ファイナンスを勉強するのは会計を学んだ後であることが望ましいです。
M&Aにおけるバリュエーションを正しく行うためには、財務DDの発見事項を事業計画に織り込み、企業価値の算定を行う必要があり、
そして、当然のことながら、どの数値をどう取り扱うかは、財務DDの内容をしっかり理解した上で、FAとしてクライアントと協議の上、決める必要があるわけです。
また、比較的に小規模な案件で、財務DDとFAの両方を自ら行わないといけない場合については、自身で財務DDを行って調整項目を検討した上でバリュエーションを引く必要があることから、財務DDの実務も必要となることでしょう。
結論として
バリュエーションを行うために、DDを完璧にこなすことが必要か?としての結論は、『できた方がよいし、できなくても高度な理解を必要とする』ということになるかと思います。もう少し細かく言うと、
投資銀行のFA担当者が、ビジネスDDをできる必要があるか?
→事業計画精査のために、ある程度できる必要がある
→複雑な案件でビジネスDDの専門家(戦略コンサルタントなど)に依頼する場合には、結果のみを理解して取り込むことでOKだが、専門家が出すレポートへの高度な理解力を求められる。
投資銀行のFA担当者が、財務DDをできる必要があるか?
→ほとんどの場合、会計専門家に財務DDを依頼するため、自ら全て出来る必要は必ずしもない。結果のみを理解して取り込むことでOKだが、専門家が出すレポートへの高度な理解力を求められる。
故に、素人がいきなりバリュエーションを行うのは、見た目以上にハードであり、あまりにDDの結果に対して理解ができていないと、専門家からも舐められることとなってしまいます。
仮に、USCPAなどに合格していて会計の知識をある程度有している場合には、まずは財務DDを経験した上で、その後にFAやバリュエーションへ領域を広げて行くことで、理解の幅が広がって行き、効率的に知識を身に付けて行けるため、オススメです。