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25歳借金アリ、子供できちゃった、崖っぷちフリーターが縫製工場で起業して4年で1億円の売上になった話

1章 夢はでっかい崖っぷちフリーター


今から5年前、

僕は崖っぷちだった。

オーストラリアからのワーホリを終え、貯金を使い果たし、帰りのチケット代をクレジットカードで購入し(リボ払い)帰ってきた、

そして帰国後すぐに出会った彼女(今の妻)のお腹には子供がいる。


俳優や、テレビの助監督などの仕事をフリーランスでした後、メディアの仕事が嫌になって日本を飛び出し、オーストラリアで1年間を過ごし日本に帰ってきた。


とりあえず日銭が必要で、友人の紹介でレストランの立ち上げのバーテンダーとして働いていた、大阪の難波から少し北に行った地下の小さなお店だ。

アメリカ人兄弟が立ち上げだおしゃれなお店、そこでアルバイトしていたが月々10万円前後の収入では結婚はもちろん、子供なんか育てられるわけがなかった。

妻にはプロポーズした

「一生幸せにする、これからとても大変な道のりになるかもしれないけれど、信じてついてきほしい」

もちろん指輪なんて買えなかった、

「1万円のものでもいいから買ったらいいじゃないか」という人もいるかもしれない、

でも本当に買えなかったのだ。

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高専中退、芸能界で俳優、演出家、舞台脚本家として活動後オーストラリアでのワーキングホリデーを経て帰国後家業である縫製業の衰退に衝撃を受ける…

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