《飲食コンサルタントの自己紹介》 ~プロフィール~
今回のnote記事は私の自己紹介を書かせていただこうと思います。
なかなか自分の事を書くのは難しいですがお付き合いください。
【飲食に目覚めたのは5歳!】
私が飲食の楽しさに目覚めたのは5歳の時でした。
当時、姉のおままごとのおもちゃで電熱でホットケーキが焼けるものがありました。
そのおもちゃで玉子焼きもどきを作ったのですが、祖母がそれを美味しい美味しいと食べてくれたのが嬉しくて、その時に”料理を作って喜んでもらう”という飲食の原点の喜びをを知りました。
5歳の子供が卵に砂糖と醤油を適当に入れて焼いたものが美味しいはずはないのですが、祖母の気遣いに気づかず調子に乗って何度も焼いたことを覚えています。
そして小学生になり、将来の夢は?と聞かれたときに『コックさんになりたい!』と思ったのを覚えています。
【高卒でファミリーレストランに就職】
それから色々ありましたが、高校を卒業する時に進学か就職かという選択をする事になりました。
事情もあって進学する気はなかった私は、就職するなら飲食店と思い当時私が住んでいた兵庫県にはほとんど店舗がなかったにも関わらず、直感とフィーリングで関東中心のファミリーレストランを選びました。
就職面接の時に「なぜ当社を選びましたか?」という質問に『親会社がしっかりしているので潰れないと思いました』とふざけた返答をして、面接官を笑わせた事を今でも覚えています。
本当に世間知らずでした・・・
【がむしゃらに頑張った現場時代】
入社が昭和63年。
時はバブルに向けて経済が盛り上がっている時で、同期は300名を超えていました。
お店も24時間営業で、朝・昼・夜・深夜と本当に多くのお客様にご来店いただいていて、毎日が目の回るような忙しさでした。
今では大問題になりそうな労働時間でしたが、やりがいもあって苦痛ではなく資格試験などにも意欲的に取り組んで、お陰様で高卒同期の中では最速での資格試験合格、昇進する事が出来ました。
順調に現場でステップアップしていき、キッチン責任者時代には新入社員4人を3か月で育てて全員一発でリーダー試験に合格させるという実績もつくり、人財教育の手腕を買われて、不採算店舗・業務内容不良店舗の立て直しを行うようになりました。
【人生の転機:関東への異動】
21歳で副店長になり、少しした時に神奈川県の葉山町に異動になり、これが私の人生の転機となりました。
仕事上で尊敬できる上司と出会い、関西から出たことのなかった私は関東という違う地域での習慣や仕事の進め方を学ぶことが出来、小さな井の中の蛙状態の思考が少しずつ変わっていきました。
思考が変わった中で一番は、今までも計数管理に細かいと思っていた自分の細かさは、マネジメントとしては全く足りていないと気付いたことでした。この事が、後々の仕事に大変役に立ちました。
また、田舎者だった私が東京という大都会と、湘南というテレビの世界を初めて身近に感じて価値観が変わった事も覚えています。
関東で数年が経ち、26歳の時になんと私が本社人事部への異動という本人も周りも夢にも思っていないビックリする辞令が出て、現場から突然本社勤めに変わりました。
【人事部採用教育での仕事】
人事での私の仕事は【採用教育】の部署で、”教育”を行う事でした。
教育と一言で言っても新入社員への研修官、資格試験の試験作成、資格試験試験官、教育ビデオシナリオ作成&出演、業務マニュアル作成・変更、店長・副店長への調理研修での指導官など多岐にわたっていて、飲食店の現場しか知らない私にすれば転職したのか!というくらい仕事内容が劇的に変わりました。
本社で【ビジネス】としての仕事の進め方や、段取り・根回しの重要性、組織として仕事をすることなど、ビジネスマンとしてのイロハを叩き込まれました。
そして現場では無かった《アフターファイブ》というものを初体験したのも本社勤務時代です。
しかし元々現場が大好きな私にとって、本社人事部勤務はお客様と接する楽しさが体験できず、次第に現場復帰への思いが強くなってきました。
人事部人事へ現場への復帰を願い出ましたが『それは無理!』と言われ、現場に戻りたい私は徐々に退職を考えるようになりました。
【第2の転機:経営コンサルタント事務所へ転職】
そんな時、昔の上司から私に合ってそうだから『一度話を聞きに行ったらどうだ』とご紹介いただいたのが、初めての転職先になる《飲食専門の経営コンサルティング》を行っている会社でした。
飲食店の現場と会社組織でのサラリーマンしか体験していない27歳の私で大丈夫なのかと思いながら面接を受けさせていただきました。
面接の結果は《採用》でした。
この会社には5年とちょっとお世話になったのですが、本当に内容の濃い5年間でした。
まず、開業計画作成の為に立地調査、分析の方法、コンセプトワーク、ネーミングなど開業の企画業務から始まり、徐々に開店サービス教育の教育指導をメインで行うようになりました。
この開店サービス教育。想像以上のハードワークで、一番忙しい時は90日間で45日と45日の間のわずか8時間しか家に帰れなかったほどでした。
(この時にあまりに車が可哀想だったので、愛車を手放したのを覚えています)
そして、もともとファミリーレストラン時代は調理指導官もしていたので、仕込みの仕組みづくりや管理手法の導入など調理アドバイスも行える珍しいサービス教育担当者として、徐々にフレンチやイタリアンなど専門料理の開店時に、商品開発担当のコンサルタントからの指名で開店サービス教育を行うようになりました。
本当にこのコンサルタント会社勤めの5年間は私の大きな財産です。
【第3の転機:結婚と独立】
5年が経ち、当時交際していた女性と結婚を決意し務めていた飲食専門のコンサルティング会社を退職して福岡へ引っ越す事を決意しました。
理由はいくつかあるのですが、一番は結婚するならもう少し時間的余裕がほしいと思ったことです。
当時は非常に忙しい生活で、なかなか気持ち的にも余裕が持てなかったので、結婚するなら転職しようと考えていました。
そして退職して福岡へ引っ越し。
当時は引っ越しが落ち着いたら福岡市内の飲食店へ就職しようと考えていて、色々と福岡の飲食店を調べていました。
そんな時に1本の電話がかかってきました。
この1本の電話が人生を変えました。
電話の相手は飲食専門のコンサルティング会社に勤めていた当時、新店舗開店でお手伝いさせていただいた会社の社長でした。
電話の内容は、
『退職したんだって? もうどうするのか決めた? 少し話があるので一度会いに来てほしい』というものでした。
数日後、事務所へお伺いすると、
『まだ何も決まっていないなら、先生は飲食店のコンサルタントが向いていると思うので、独立したらどうか。開店の時にお世話になったので、うちの会社が顧問契約をお願いするので、その間に他の契約先を探したら良いのでは?』と思いもよらないお言葉をいただきました。
私も本心では飲食コンサルタントとしての楽しさもやりがいも感じていたので、続けたいとは思っていたのですが不安もあり独立という事あまり考えていませんでした。
社長のご提案をいただいてから真剣に考え、飲食専門コンサルタントとして独立・開業する事を決意しました。
そこからが大変です。
契約書なんて作った事もなく、コンサルフィーを自分で決めるという事もしたことが無かったので、社長にアドバイスをいただきながら何度も作り直しました。
その時に言われた一言が、私の飲食専門コンサルタントとしての方向性を決めました。
その一言は《大手や既存会社がしたがらない事をする事》という事です。
大手や既存会社と同じことをやったらすぐに潰れる。
そうではなくて、自分の得意分野と特徴前面に出して”これなら負けない”というコンサルティングを行えば、顧客はかならず増えるというもので、それは全ての事業に当てはまる基本的な内容です。
そして私のコンサルティングの基本姿勢は
《人財教育と計数管理》の2つの柱をメインとして、現場に入り込んで営業を一緒にしながら指導するという方法を行う、開業当時は全国的にみても非常に珍しいスタイルで2002年7月1日に開業しました。
【飲食専門コンサルティング会社設立】
開業後、一番苦労したのは当然ですがお取引先の企業を探す事でした。
開業した時に決めていたことは、私からは前職当時にお付き合いのあった会社へ独立開業したことの連絡をしないというものでした。
連絡をしない理由は様々あるのですが、信義的な意味合いが一番強かったです。
そんな中、一番最初にお声掛けいただいた社長からのご紹介や、私が退社して独立したことを知った方からご連絡いただいたりと、有難い事に創業時の一番大変な時を乗り越えることが出来ました。
そして2006年12月1日、飲食専門コンサルティング会社《有限会社ヴァルハラ》を設立しました。
会社設立時に思いを込めて経営理念と社是・社訓を決めました。
【経営理念】
全ての人が幸福な”楽園”と思える繁盛店作りを目指し、
時代を的確に捉え、イマジネーション、インスピレーションを最大限に働かせる。
これは【理念経営】を行う事を目指して、社内外的にも自社の考え方を表すために作りました。
会社設立後、計数管理ソフトウエアの開発や、携帯販促システムの開発など様々なチャレンジを行いながら山あり、谷ありの中、なんとか経営を行ってまいりました。
飲食専門コンサルティング会社としての2つの柱は、創業時から変わらず【人財教育と計数管理】で飲食店の成長へ導く事を目指し、店舗運営の現場指導や店舗管理のIT化などにも取り組んでいます。
また、弊社オリジナル商品として両面テープ型のオーダークリッパー【伝票ホールドテープ:ドコペタ!Ⓡ】の販売もネットショップで行っています。
お陰様で会社は今年、16期目を迎えることが出来ました。
これも弊社のお取引先、業者様のご理解とご支援、そして家族の応援があったおかげと感謝申し上げます。
私の人生は本当に《人との出会い》に支えられてきました。
本当にありがとうございました。
これからも精いっぱい飲食店の幸せづくりのお手伝いを頑張ってまいります。
長々と自己紹介をしてまいりましたが、最後は会社紹介のようになってしまいました・・・
御精読ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
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