ぽったり地蔵
〇登場人物
為吉
おきよ
お地蔵さま
トメ
町人1
町人2
語り部
江戸時代、とある町。音楽が流れると、為吉と語り部が現れ、
語り部 今日は昔むかしのお話を、皆様にお聞かせします。この男の名前は為吉(ためきち)と申します。母のおきよと共に、貧乏ながら細々と暮らしておりました。
為吉が道行く人に薪を売っている。薪は木の枝を紐で束ねているイメージ。
為吉 薪はいらんかねー。よく燃える薪だよ。薪はいらんかねー。
町人はすれ違うが買おうともしない。為吉、肩を落とし、持っていたお金を数える。
為吉 今日はこんなものか。本当は、帰る前におっかあに野菜でも買ってやりたいんだがなあ……。
為吉、去る。
語り部 為吉は薪を売り終わると、いつもはおきよの好むものを買って帰ることにしていました。為吉は、母の喜ぶ顔を見るのが嬉しかったのです。
為吉とおきよの家。おきよが縫物をしている。
語り部 けれども暮らしは日に日に悪くなる一方で、とうとう米粒でさえ、一握りもないという有様でした。
為吉が現れる。
為吉 おっかあ、帰ったぞ。
おきよ おやまあ、お帰り。
為吉 (たくあんを取り出し)わしらを見かねて、向かいの豊作さんがたくあんを恵んでくれた。
おきよ まあ、いつもありがたいねえ。今、飯の支度をするからね。
おきよ、台所でご飯の用意をする。
おきよ どうだい、今日は繁盛したかい。
為吉 まずまずだ。これから寒うなるというのに、もう少し売れてもいいんだがのう。
おきよ、配膳を為吉の前に持って来る。為吉、それを見て、
為吉 おっかあ、今日は、餅が一つだけかい。
おきよ すまないねえ。家にはもう、餅が一つも残っとりゃせん。
為吉 今年は、米がべらぼうに高うなっとるからなあ。
おきよ そうだねえ。米の値段は毎年のように上がるけど、今年はまるで天井知らずだ。とても私らには買えるもんじゃあない。
為吉 おっかあの分の餅は?
おきよ 私は、豊作さんにもらったたくあんで充分だよ。なあに、ちょっとやそっとで飢えたりなんかしないさ。
為吉 ……おっかあ、わし、もっと薪を売って、必ずおっかあを楽にしてやるからな。
おきよ 為吉、ありがとうねえ。
語り部が語りながら場面が移る。おきよは上手に去る。
山道。地蔵が舞台中央より現れる。為吉が薪や木の枝を拾いながら歩いている。
語り部 為吉は、おきよのために、一層熱心に山の薪や木の枝を拾い集めておりました。そんなある日のことでした。
為吉 (薪を束ねながら)ふう。このあたりもあらかた拾い集めた。今日はもうこのあたりで……。いやいや、まだじゃ。もっと集めて売らんと、米なんか買えやせん。
為吉、再び薪を拾い始める。ふいに独り言。
為吉 ぽったりぽったりつくもちを、わしは要らぬがおっかあに、せめて一つは食わせたい。
為吉、薪を拾いながら繰り返し口ずさむ。
為吉 ぽったりぽったりつくもちを、わしは要らぬがおっかあに、せめて一つは食わせたい。
為吉、なんだか楽しくなってくる。手拍子を入れてもいいと思う。入れるなら、語り部も、観客も、一緒になって手拍子をするのも面白い。
為吉 ぽったりぽったりつくもちを、わしは要らぬがおっかあに、せめて一つは食わせたい。
為吉・地蔵 ぽったりぽったりつくもちを、わしは要らぬがおっかあに、せめて一つは食わせたい。
為吉、驚いて歌うのやめ、立ち止まる。地蔵には気づいていない。
地蔵 ぽったりぽったりつくもちを、わしは要らぬがおっかあに、せめて一つは食わせたい。
為吉 だ、誰じゃあ、こんな山ん中でわしをからかうのは。
為吉、辺りを見回す。地蔵に気づき、
為吉 はて、もしかしたらお前さまかいな。わしの口まねなんぞしなさるのは。(地蔵に向かって)……ぽったりぽったりつくもちを、わしは要らぬがおっかあに、せめて一つは食わせたい。
地蔵 ぽったりぽったりつくもちを、わしは要らぬがおっかあに、せめて一つは食わせたい。
為吉、驚いて腰を抜かす。
為吉 地蔵さまが喋ったあ。これは仏さまのなされる業じゃあ。
為吉、思わず逃げ出そうとするが、
為吉 待てよ。こんだけお力があるありがたい地蔵さまじゃ。ひとつ、仏さまにお願いしてみよう。
為吉、地蔵に対して拝みながら、
為吉 すまんことじゃが地蔵さま、わしのおっかあを哀れんで、どうぞ一度だけ手助けをしてくだされ。町までわしと一緒に来てくだされ。
為吉、地蔵をみがいている。
語り部 こうして為吉は、不思議なお地蔵様の力を借りようと、一緒に町までやって来たのでした。
町。町人1・2が上手より現れる。
為吉 地蔵さまにもの言わせましょう!
町人たち、為吉に注目する。
為吉 地蔵さまにもの言わせましょう!
町人1 なんだい、ありゃ。いつも来る薪売りが今日は石地蔵を担いできたよ。
町人2 あほらしい。もの言わせるなんて、おおかた狐にでも化かされてるんじゃないかねえ。
町人たち、笑う。為吉、地蔵にお辞儀をして、
為吉 どうか地蔵さま、ものを言うてみてください。
地蔵 ぽったりぽったりつくもちを、わしは要らぬがおっかあに、せめて一つは食わせたい。
町人たち、驚く。地蔵を拝みながら、
町人1 ははあ、なんとおそれおおい。地蔵さまが口をきかれたよ。
町人2 孝行者を仏さまがおほめになってのお計らいに違いない。この男に、精いっぱい恵んでやろうじゃないか。
町人たち、お金を為吉に渡す。
為吉 ありがとうございます!
町人1 お前さん、名前は?
為吉 為吉と申します。
町人2 為吉、次も薪と一緒に、そのお地蔵さまも連れてきてくれないかい。
町人1 これだけありがたいお地蔵さまだ。町のみんなも、きっとまた拝みたいと思うに違いないわ。
為吉 はい!
町人たちは上手に去る。音楽が流れる。
語り部が語りながら場面は為吉の家へ。おきよが上手から現れる。為吉とおきよは幸せそうで、地蔵を磨いたり拝んだりしながら、丁寧に祭っている。
語り部 お地蔵さまのおかげで、為吉とおきよは、十分に米を買うことができました。また、為吉が町に持っていくお地蔵さまは、ものを言うありがたいお地蔵さまとして町中に広まり、為吉はその度に、町の人からお恵みをいただきました。
トメが上手から現れる。家の中の様子を窺っている。
語り部 この噂をこっそり聞いていたのが、隣に住むトメというおばあさんでした。羨ましく思ったトメは、こんなことを言ったのです。
トメ、家の中に入り、おきよに、
トメ おい、おきよ。ちょっとその地蔵を貸してくれんか。その、私も拝みたくなってねえ。
おきよ トメさん。このお地蔵さまは息子の為吉が見つけたもの。私たちにとって、大切なものです。生憎ですが、お貸しすることはできません。
トメ なんだい、拝んだって減るもんじゃないだろ!? けちんぼめ!
おきよ でも、その……。
トメ いいからちょっと見せておくれよ!
トメ、おきよを小突く。おきよ、尻もちをつく。
為吉、「おっかあ!」と驚いておきよに近寄る。地蔵に近づくトメを制するように、
為吉 トメさん! お貸ししますよ。大事なお地蔵さまですから、どうぞ拝んでください。
トメ へへ、ありがとさん。
トメ、上機嫌になり地蔵を叩いたりしている。為吉はおきよを心配そうに抱え上手に去る。
町。行き交う町人たちが上手から現れる。
トメ 地蔵さんにもの言わせましょう!(と2回繰り返す)
町人たち、立ち止まる。
町人1 ありゃトメじゃないか。地蔵さま連れてきて、為吉の真似事かい?
町人2 欲深いあのばあさんことだ。あれで儲けようとしてるんだろうよ。いいかい、一文たりとも恵んじゃいけないよ。
町人1 当たり前だ。孝行なんて言葉とは縁もゆかりもないひとだからねえ。
トメ 地蔵さんにもの言わせましょう!
町人2 それじゃあお声をたっぷりと聞かせてもらおうじゃないか。あんたの地蔵さまはいったい何をおっしゃるのかい。
トメ、地蔵の頭をぽんぽんと叩く。
トメ 地蔵さんや、ひとつ、ものを言ってくれんかね。
地蔵、びくともしない。
トメ おいおい、地蔵さん、黙ってないでなにか言ってくれんかね。
トメ、地蔵の頭や顔を軽くをはたく。地蔵、動かない。
町人1 こらまあ大した偽物だ。この前の地蔵さまとそっくりそのままに作ってあるよ。
町人2 罰当たりな奴だよ。性根の悪い者に仏さまがほうびをくださるものか。
町人たち、笑いながら上手に去る。トメ、怒る。
トメの家、トメは懐から小づちを取りだす。
語り部 トメは町の人たちの笑い者になりました。これに怒ったトメは、自分の家に帰ると……、
トメ よくも恥をかかせてくれたな。この地蔵め!
トメ、小づちを振りかぶり地蔵を壊す。石の砕ける音。地蔵は中央奥に去る。
為吉とおきよが現れる。
為吉 おうい、トメさんや。そろそろ地蔵さまを返してほしいんじゃが。
トメ、悪態をついて、
トメ ふん、庭のあそこ辺りにあるだろうよ。私が叩き壊してやったんだ。
為吉・おきよ ええ!?
為吉、驚いてトメの庭へ出る。足元の石の欠片に気づく。
為吉 ああ、なんてことを!
おきよ (泣きながら)地蔵さま、すまんことをいたしました。
為吉 おっかあ、せめて地蔵さまの欠片を集めて、埋めて差し上げましょう。
おきよ、うなずく。為吉とおきよ、泣きながら石の欠片たちを集めている。
為吉 おっかあ、すまねえな。わし、おっかあをもっと楽にしてやりたかったのになあ。
おきよ いいんだよ、為吉。明日からはまた2人で生きていかなきゃねえ。お地蔵さまのお力をお借りしなくても、精いっぱい生きていこうじゃないか。
為吉、おきよ、集めた欠片を下手オクの地面に埋め、拝む。
為吉 地蔵さま、今まで本当に、ありがとうごさいました。
語り部 為吉は必死で地蔵さまの欠片を集めると、地面に埋めて祭りました。するとどうでしょう。
埋めた場所から竹が生えて来る。どんどん伸びて、見上げるまでの高さになる。
驚く為吉、おきよ、トメ。
語り部 埋めた場所からぐんぐんと、大きな竹が生えてきたじゃありませんか。
為吉 これはまた、世にも珍しい竹じゃあ。
語り部 さらに為吉とおきよが、その竹を揺すると、
為吉 おっかあ、これは……!
おきよ お地蔵さま、ありがとうございます……!
為吉とおきよ、竹を揺する。上から小判が降ってくる。拾い集める為吉。見上げて嬉しくも驚くおきよ。
語り部 なんと、小判がきらきら、雨のように降ってくるじゃありませんか。
トメ (竹に近づいて)ちょっと、私にも揺すらせておくれ。
為吉 いいですとも、いくらでも揺すってくださいよ。
トメ、竹を揺する。
語り部 しかし、トメが竹を揺すると……。
トメの頭上に石が降ってくる。
トメ いたっ! なんじゃ、石!?
為吉、おきよ、もう一度竹を揺する。小判が降ってくる。
トメ、さらにムキになってもう一度竹を揺する。石が降ってくる。
語り部 何度揺すっても、トメの上からは、石が降ってくるだけなのでした。
トメ、諦めきれずまた竹を揺すろうとする。見かねた為吉とおきよ、トメに小判を恵む。トメ、ありがたがり、反省したように竹の根本を拝む。優しく見守る為吉とおきよ。
町人1・2も現れる。竹を上まで眺めたり、揺すったりして不思議がる。
語り部 こうして、為吉とおきよは、親子仲睦まじく、幸せに暮らすことができました。母を思う子どもの孝行の気持ちを、御仏さまはずっと、ご覧になっていたのでしょう。
(了)
【原典】
仏教説話大系編集委員会,仏教説話大系 「ぽったり地蔵」,すずき出版,1982
(土佐の民話 第二集,市原麟一郎,未来, 1974 にも「歌地蔵」のタイトルで収録とのこと。これによると、舞台は現在の高知県幡多郡、黒潮町入野の大方地区。)