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スクール長ダイアログ <価値と評価③>

9月23日 神戸大学V.School長 國部克彦 

 価格をエポケー(判断停止)して,対象を見ることを試してみましたか?ペットボトルの水であれば,少し想像が膨らみにくいので,リンゴ農家が自家製のリンゴを販売していて,あなたがお客さんであると仮定しましょう。もし,この農家がリンゴ2個500円で販売していたら,あなたはこのリンゴが2個で500円に値するかと考えてしまいがちですが,値段をエポケーすれば何が見えてくるでしょうか。
 まず,リンゴを購入することから生まれる価値がいろいろ想像できます。リンゴの価値はおいしさが基本ですが,リンゴは健康に良いからとか食べてみようとか,食べたことのない種類だから食べてみようとか,形や色がきれいだからおいしそうとか,いくらでも想像は膨らみます。この全体があなたにとってのリンゴの価値で,それは2個500円の値段とは何の関係もありません。
 これを農家から見ればどうでしょうか。リンゴの木を植え,栽培し,収穫して,お店に運んで並べるという,リンゴという商品の過去が見えてくるのではないでしょうか。あるいは,このリンゴを食べて喜んでもらう姿を想像しているかもしれません。丹精を込めて育てたリンゴですが,どうしてもほしいという人がいたら,あげてもよいと思うかもしれません。しかし,リンゴ農家の方も日々の生活のための費用が必要で,リンゴをその費用を得るために育てているとすると,簡単に人にあげることには躊躇するでしょう。このように農家から見ればリンゴを作る苦労と喜びや日々の生活の維持という価値が顔を出します。
 このように考えると,リンゴには,いろいろな価値が複合的に作用していることが見えてきます。これを経済学の言葉に変換すると,効用価値とか,労働価値とかいう概念に変換されてしまって,それぞれの学派が確立した方法で価格が決まると説明するのですが,それはリンゴを値段(価格)に還元してしまうからです。価格という形式をとり払えば,つまりリンゴに向き合っているあなたと農家の方のあいだには,もっといろいろな可能性がひろがります。
 つまり,価格という評価の枠組みを外すと,価値は外形を失って,多様な形で動きだすのです。この多様な形で動きだした価値を,評価システムの枠外で掴むことができれば,それは新しい価値創造です。しかし,リンゴ1個をめぐって,そこまで考えると買う方も売る方も疲れてしまうかもしれません。そのために評価という制度があるのだとすれば,評価が世界をその枠組みに限定してしまうことがよく分かると思います。
 価値創造とはこの枠組みの外に出ることに他なりません。リンゴの例が良かったかどうかわかりませんが,皆さんも是非価格をエポケーしていろいろ考えてください。エポケーした後で,もう一度評価のシステムを見直すと,いかに私たちが評価を前提に行動しているかが分かると思います。その枠組みを疑わない人が多ければ多いほど,価値創造のチャンスも多いはずです。

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