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Paradise(楽園)という歌の深いメッセージ


 米ビルボードで9週連続一位を記録するアイドルグループBTSの
過去の自作曲で、「Paradice」という曲がある。
 “楽園”というそのタイトルからどんな曲を想像するだろうか。。

 解説と曲は後に載せて、まずはその歌詞を訳してみたので読んでほしい。
(曲を想像しながら読んでも、再生しながら読んでもらってもいい)


 Paradise



マラソン   マラソン
人生は長いんだからゆっくりしようよ
42.195
その先には夢の楽園でいっぱいさ

だけど本当の世界は
お約束どおりにはいかない
ぼくたちはただ走らなきゃいけない
踏みださなきゃいけない
照明弾を撃つと
目的地もない
風景さえない
息がのど元いっぱいせりあがるまで
You need to you need to (意訳:やらなきゃ、やらなきゃ)

立ち止まったって大丈夫だよ
理由すら知らないまま走る必要はないさ
夢がなくても大丈夫だよ
君が少しでも幸せを感じる瞬間があるなら

立ち止まったって大丈夫
もう目的も分からないまま走ったりしない
夢がなくても大丈夫
君が吐く呼吸は全て
すでに楽園の中


【RM】

ぼくたちは夢を他人から借りて見てる 
“借金(かり)みたいに“ 
(※1)

偉大にならなきゃと教わる
“光(ひかり)みたいに“

君の夢 実はお荷物だよ
将来だけを「夢」っていうなら
昨日の夜ベッドの上で見てた物は何?ww

夢の名前が違っていても大丈夫
来月ノートPCを買うことでも
あるいはただ食べて寝ることでも
何もせずに金だけいっぱい稼ぐことでもさ
夢って何 デカくないといけないの
ただ何にでもなればいいさ
We deserve a life  (意訳:生きてること自体に価値があるんだ)
デカかろうが小さかろうが 君は君だよ

だけど本当の世界は
お約束どおりにいかない
ぼくたちはただ走らなきゃいけない
踏みださなきゃいけない
照明弾を撃つと
目的地もない
風景さえない
息がのど元いっぱいせりあがるまで
You need to you need to  (意訳:やらなきゃ、やらなきゃ)

立ち止まったって大丈夫
理由すら知らないまま走る必要はないさ
夢がなくても大丈夫だよ
君が少しでも幸せを感じる瞬間があるなら

立ち止まっても大丈夫
もう目的も分からないまま走ったりしない
夢がなくても大丈夫
君が吐きだす全ての呼吸は
すでに楽園に


【SUGA】

I dont have a dream (夢なんてないよ)
夢見ることが時々怖いんだ
ただこうやって生きていくことが
生き残ることが
これがぼくにとっては小さな夢だけど
夢を見ることが 夢を掴むことが
息をすることが 時々しんどくなる
誰かはこうやって、
誰かはああやって生きてるでしょって
世間がぼくに非難の声を浴びせる


【J-HOPE】

Yeah
世間がぼくらを非難する資格なんてない
夢を持つってどういうことなのか
教えてくれたこともないんだし
作られた夢では 涙の寝言だ
“悪夢”から目覚めるんだよ 君のために
これから毎日笑ってみようよ
あの楽園で



立ち止まっても大丈夫
もう目的も分からないまま走ったりしない
夢がなくても大丈夫
君が吐きだす全ての呼吸は
すでに楽園にあるんだ


Stop runnin' for nothin' my friend (意訳:友よ闇雲に走り続けるな)
Now 愚かな競争はもう終えて
Stop runnin' for nothin' my friend (友よ闇雲に走り続けるな)
君が吐き出す呼吸は全て 
すでに楽園に

Stop runnin' for nothin' my friend (友よ闇雲に走り続けるな)
みんなが見る夢なんて見なくてもいい
Stop runnin' for nothin' my friend (友よ闇雲に走り続けるな)
君がつむぐ言葉は全て
すでに楽園に


■解説


この曲はBTSが初めて米ビルボード・アルバムチャートで1位を獲得した「LOVE YOURSELF 轉 'Tear'」(2018年5月)のアルバムの中の一曲です。

「夢を持て」と私たちを急き立て走らせる社会への疑問と、
“未来“に描く夢より君が生きてる“今“がもうすでに楽園なんだよ という悟りが
この歌の芯にあるメッセージです。

訳詞について
 この歌の意味を深く知りたくて、YouTubeやネット上にある和訳を5〜6つほど比較して見ましたが、大事なところで文の意味が全く逆になる誤訳があったり、直訳すぎて文脈の繋がりが不明瞭だったりで、歌詞の細かい意図が掴みづらいと感じたのです。

 そこでさらに3つほど英訳詞を見比べて、韓国語からの直訳が難しいところは英語で解釈を確認しながら文意が自然につながるように上記の和訳をまとめました。
3カ国語を行ったりきたりしながらヤスリ目の違うサンドペーパーで磨くようなやり方です。

 特に英訳詞は主語や助詞がはっきりしてるので細かい文意が具体的につかみやすく、また、日本語と韓国語の語彙の違いを橋渡しする助けにもなり、日英それぞれの解釈を見比べているうちに歌の芯にあるメッセージがはっきり整理された形になったと思います。

ラップメンバーと曲の背景について

 歌詞を太字で示した部分はラップパートで、【RM】【SUGA】【J-HOPE】という表記はそれぞれのパートをうたうラッパーの名前です。
 彼らがこの曲の作詞作曲を担っています。
(太字のラップパート以外は4人のボーカルメンバーが歌っています。)

 この曲はメンバーで楽曲プロデューサーでもあるSUGA(シュガ)が、新年の挨拶の際、「夢がなくても大丈夫ですよ。」と口にした一言からできた曲だそうです。

 その言葉に人生の真理を読み取り一つの作品にしてしまう彼らの感性がすごいですよね。


訳注(※1)
韓国語では「借金(빚)」と「光(빛)」がほぼ同じ発音なので、訳も(借金→借り→かり)、(光→ひかり)とルビに韻を踏ませています。


■感想・個人的解釈


出だしからの印象


 世の中にParadiseというタイトルの曲は少なくないですが、アイドルグループのそれにはどこか甘い響きを帯びたものを想像するのではないでしょうか??

 ところが聴いてみると、出だしから重いリズムで「マラソン マラソン」と歌い始めます。その時点で「楽園」のイメージと対極の重さに裏切られます。


 独特のリズムチェンジやシンコペーションを用いたとても細かいミックスにも驚きました。(音楽的ボキャブラリーがないのでどう表現すればいいかわかりませんが・・)
 歌詞はもちろんのこと、ミックス制作にはメンバーも参加していることを考えれば、もはや歌って踊る従来のアイドルのイメージは吹き飛びます。


世の定石を破る歌詞


 「夢」をポジティブに歌う歌は世に溢れていますがそれとは一線を画し、
サビで繰り返される言葉は

「夢がなくても大丈夫」

 メンバーがこの歌を作るインスピレーションを最初に受けた言葉だけあって、
聴く者をハッとさせる言葉です。

 特にRMのラップパートは、いつもながら禅問答のように深い問いを投げかけています。

 聞こえの良い「夢」という言葉を、実は「重い荷物だ」と語り、
それは「光(빛)」のように見えて実は他人に課された「借金(빚)」だと、
詩的遊戯を交えながらも深く気づかされる部分です。


 さらに、夢とは長い苦しい道のりの先の「未来」に描く「楽園」のような、
そんな大したものじゃないといけないのか?と、問いかけてきます。

 「昨晩見た“夢“でも、食べて寝るっていうだけの夢でもいいじゃん」と。

 そしてサビ部分で、
「夢がなくても大丈夫 少しでも幸せを感じる瞬間があるなら、君が息をしているところはもう楽園なんだよ」
と、この歌の核心のメッセージにつながるのです。


「目的地もない、風景さえない」中で、ただ「夢」という言葉に走らされるのはやめようと、最後は繰り返し「友」に向けて強く語りかけています。

「友」my friend とは、競争社会で苦しむ若者のことでもあり、私たちのことでもあり、自分と同じく走り続けた同士であるメンバーのこと、もしくは本人たちの中の過去の自分自身のことでもあると思います。
 ユニゾンで力強く歌う最後の部分が、過去の苦しみを断ち切って今この「楽園」に生きようという決意にも思えて心に残ります。


哲学的なメッセージ

 哲学者で心理学カウンセラーの岸見一郎氏の言葉を借りると、
 “ただ目的地につくことだけを問題にし、途中を味わうことができなければ人生を楽しむことはできない。競争に勝つことに価値を見出すのではなく、ありのままの自分に価値を見出せばいい。“
 “あなたは、今あるがままの自分で『あること』で、すでに価値があり、
長い道の先に幸福に「なる」のではなく、今ここにいることですでに幸福で「ある」のだ“と気づくことが幸福であるための“智恵“だと言います。

 また、禅や仏教の教えでは、“未来“と“過去“というものは現存しないもので、人生は“今“にしかないと考えます。

 未来に人生や楽園を描いて今を苦しんだり台無しにするよりも、今を笑って生きることですでに今ここに生きてることが楽園だと言えるのです。

  苦しみとは、至福をどこか別の場所や未来のいつかに探し求めることだ
                        (ジョーン・トリフソン)



「夢がなくたって大丈夫」

「君が吐き出す息は全て すでに楽園に」




それぞれの人生観が現れるラップパート

 ラップパートはそれぞれのラッパーのキャラクターがそのまま現れていて、
SUGAのパートはSUGA本人の内面を生々しく表現しています。

 多くの BTSの楽曲制作を手掛けるSUGAですが、彼が自ら選んだ音楽の道は両親の猛反対や、業界のアンチの口撃にさらされる険しいものだったため、自らの選択を世に認めさせ成果を証明するためのプレッシャーを背負いながら10代の多感な時期を闘ってきました。

 「僕にとっては小さな夢」だった音楽が、世間が勝手に見せる大きな「夢」や「非難」に振り回され自分の手に負えなくなってしまうプレッシャーと恐怖を痛切に伝えています。

 そしてJ-HOPEのパートは彼の人柄そのままに、SUGAの気持ちを励まし、
世間が勝手に見せる「悪夢」から目を覚まして、君自身のために笑うんだ 
と、答えています。


この歌の主要メッセージとなった元の言葉、「夢なんかなくても大丈夫ですよ。」
というのはもともとSUGA自身から出た言葉ですから、彼が苦しい内面の闘いの末に仲間と一緒にたどり着いたメッセージだと思うと感慨深いものがあります。


BTSの曲に通底するもの

 BTSの楽曲を遡って見ると彼らはデビューの頃(2013年)から、競争教育や社会の圧力から若者を守るというコンセプトで曲を作っていたことを知ります。


 彼らの本来のグループ名である「防弾少年団」自体がそういうコンセプトを表したものでした。

 当時は社会に勝負をかけるような肩に力の入った曲が多かったですが、この曲「Paradise」に至った彼らの言葉には他者を包み込むような強さを感じます。

 彼らの今の曲も、デビュー時から伝えてきた想いはずっと変わらず、社会の中で押しつぶされそうになっている弱いものに光を当て、一緒に乗り越えていこうとするメッセージが込められています。

 マニアうけするアルバム曲やB面曲だけではなく、チャートの首位に上がるシングル曲の歌詞にも、その哲学は一貫して表れています。

 一見爽やかで万人ウケするように書かれた言葉の中にも機知に富んだ言葉遊びがあったり、ダンスや映像にもしたたかにメッセージが隠されていたりするので、彼らの作品を聴く/観る際にはぜひそんなことを頭に入れて彼らのメッセージを味わってほしいと思います。

(投稿後追記:そういえば、デビュー曲「No More Dream」は周囲が押しつける“夢“に抵抗して自分の道を行こうとするような歌詞だったことを思い出しました。当時の防弾少年団(バンタン)の初心表明とも言える歌詞(作られた“夢“に縛られることにNOを出して進もうとする)のDNAは、強く進化してこの曲「Paradise」に受け継がれていたことをこの記事を書いたことではっきり気づきました。。。)



BTSの力

 私は元々K-POPよりは洋楽ロックやジャズ、ファンクなどを聴いて育ち、
K-POPをまれに聴いても歌詞まで気にしたことはありませんでした。

 それが、ひとたびBTSの曲の世界を覗いてみると驚くような名曲が他にも紹介しきれないほどあるのです。

 BTSがここまで世界を席巻している理由が、作品とパフォーマンスからものすごい説得力を持って伝わってきます。


 はっきり言えるのは、

 彼らの力は、時代に語りかける言葉の力であり、パフォーマンスの力であり、音楽の力であり、それを産むことができた人柄の力なんだということ、

 彼らの作品と世界中のファンの熱狂を見ながら深く理解しようとしているところです。



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