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八月十五日

大東亜戦争を生き抜いた祖父は当時陸軍にいて、伊豆の河津で機関車の運転手をしていた。

度々敵戦闘機の空襲を受け、その都度車輌の下に潜り込んで避難するも機銃掃射は全て車体を貫通し何の盾にもならなかったそうだ。


日本の戦没者総数 約310万人
国内での戦災死亡者 約50万人
内   広島の原爆 14万人以上
       東京大空襲 10万人以上
       長崎の原爆   7万人以上

いまだに日本に帰還していない遺骨が 約112万4,000人

大叔父がいた部隊はグァム島で玉砕。
遺品として届いた箱には、おそらく現地のものだろう石ころが一つ入っていただけだった。

終戦からいよいよ80年目に入る
昭和九十九年 八月十五日   前夜。

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