読書中座記2月13日
昨日の夕方、ヒマラヤに行った。もちろん登山ではない。新しくできたアジアの雑貨と食材、ハラル食品のお店。勧めてもらった食材とお菓子を買った。お菓子はピスタチオとかココナッツが入ったクッキーのようなものを想像していたのだけど、開けてみたら繊維状になった砂糖と何かのふんわりした塊。見た目は石綿だ。建築材にも使われる石綿。か細い繊維が幾重にも層になり連なっている。口に入れると溶けながらカルダモンが香る。どこかへ連れていかれるような濃い甘みもある。一度見たら忘れられない役者さんみたいだ。他にもレジ横にあったクッキーを買った。コテっとした子供のイラストがいかにも大陸的な。
先日AMIS(書店エイミス)さんで購入したいくつかの本
『パリ風俗史』アンドレ・ヴァルノ著 北澤真木訳 講談社学術文庫
1930年に上梓された本で、パリの市井の出来事、例えば17世紀のポンヌフにいた香具師はこんな具合だったとか、ブクトリー街の花売り娘がどんな態度だったか、広場の市では何を売っていたかなどを中世以前まで遡って紹介している。市井だけではなく宮廷のファッションや建築物の成り立ちなども扱い、その範囲はかなり広い。それが理由か、前のめりになる面白さと、本を落とすような眠気を誘う部分が混在している。
もう一冊は
『海山のあいだ』 池内紀著 角川文庫
ウィーンについての著作が面白すぎて次々読みたくなっている池内さんの本で、こちらは日本で登った山や自然にまつわるエッセイ。ただ最初の一編がオーストリア大使館文化担当官との札幌での登山の思い出というのが池内さんらしい。
それから買ってすぐ、最初に読み終えてしまった本が一冊ある。
『シェークスピア&カンパニー書店の優しき日々』 ジェレミー・マーサー著 市川恵理訳 河出書房新社
タイトルのとおり、かの有名なパリの書店『シェイクスピア&カンパニー』でのあれこれを綴った本。装釘とタイトルだけでさっと手にとってレジへ持っていってしまったのだけど、読んでみるとそんなに可愛げな内容でもなくて当初はびっくりした。古書店でのほのぼのとした日常を書店員さんが綴ったのだとばかり思い込んでいたのだ。装釘に見事にやられたな。とはいえ、想像とは違ったものの面白く二日で読み切ってしまった。
書き手はシェイクスピア&カンパニーで寝泊りしながら作家活動をすることになった男で、この本は2000年にその書店で起こった出来事を軸として書き進められていく。
出だしがちょっとグロテスクな筆致なので一瞬呆気に捉えられてしまうのだけど、読み進めるとこの本は類まれな書店であるシェイクスピア&カンパニーの店主ジョージの人間性を浮き彫りにしていくものだというのがわかる。この本が面白くないわけない理由はそこにある。ジョージは変人なのだ。それも飛び抜けて。
この書籍からひとつ紹介すると、例えば彼が散髪するときに必要なのはハサミではなく、蝋燭なのだ。彼はその火で髪の毛を炙りながら燃やし、散髪する。(このシーンが本当にYouTubeに上がっていた)
それだけでなく、シェイクスピア&カンパニーは書店でありながら貧しい作家希望の人間や詩人などに店内を開放して寝泊りさせる。見ず知らずの人をその場で判断して自分の店に何人も無料で宿泊させる、そんなことができる人は僅かだろう。著者はこのジョージという類まれな人物の輪郭を様々な出来事によって明るみに出す。それは憧れの書店へ普通に訪れた観光客には垣間見ることのない景色の告白だ。それも暴露に近い下世話な感情も含めたシェイクスピア&カンパニーという生き物の告白だ。
パリの街で数十年に渡り、このような非常識な書店を継続する困難とエネルギー。それを支えていた店主ジョージの人間性を読ませる書籍。一度しか訪れたことはないが、Shakespeare&Co.の魅力の源泉、書店としての骨髄のありかがよくわかった。
ちなみにこのシェイクスピアというお店は人々を混乱させることに秀でていて、まず元々のシェイクスピア&カンパニーはこの本のお店とは異なる。初代オリジナルのShakespeare&Co.は別の場所でシルビア・ビーチが初め、第二次大戦までパリにあった。戦後そのお店は復活せずビーチは引退した。そこにかの変人ジョージが登場する。自身も書店を経営していたがビーチが亡くなったあと彼女と親交もあったのでShakespeare&Co.の名前を引き継ぐことにした。つまり二代目シェイクスピア&カンパニーの誕生だ。このお店は現在ジョージの娘さんが経営を引き継いでいて、彼女の名前もシルビアというのだ。もちろんシルビア・ビーチ からもらったシルビアだ。それ以外にもジョージの姓はホイットマンというのだが、彼のお父さんはウォルター・ホイットマンと言って彼の大詩人とは同姓同名の別人だ。初代シルビア・ビーチの店にはジョイスやヘミングウェイが集い、かたやジョージの店にはアナイス・ニンやケルアック、ギンズバーグがいた。こんなに勘違いや思い違いを生みやすい土壌の書店が他にあるだろうか。
さて、日記の最後に負けじと横須賀の書店を書いておこう。
まず一軒目は『好文堂』
もしかしたら蔵書整理の混乱具合はシェイクスピア&カンパニーよりも上かもしれない。雪崩で通れない通路があったりするのだ。THE古書店という風格の漂う名店。
二軒目は上町にある書店の『AMIS』
東京の某有名書店で長らくお仕事をされてきた店主さんだけあって、本に対する知識が半端ない。お店はこじんまりとしているけれど、古書、新刊、ビジュアル、哲学とそれぞれの選書にその豊富な経験が鋭く光っている。近所の老人にも若者にも愛される姿はどちらかというとジョージ寄りの魅力からくるのかもしれない。長めの白髪をなびかせながらママチャリを漕ぐ姿も素敵です。横須賀に来たら是非とも訪れて欲しい一軒。
2022.02.14 上町休憩室 管理人 N
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