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日記で保つ

水を取り替えた黄色い山吹の花弁が床に落ちた。窓辺に花瓶を戻す。振り返ると台所の所々に黄色い染みの様に花が足跡を残している。

萎れているけれど綺麗だ。世の中がモノトーンでなくて良かった。犬は世界が白黒に見えていると言われて可哀想に思った。「うそだぁ」とも思った。しばらくしてどうやら犬の世界にも色があるらしいと新聞か何かで読んで安心した。

いつも朝に日記を書くことが多い。日記といってもメモの様なものだけれど。今日は丁度自作したノートが終わったからネット上のnoteに書いている。言葉を書くと少し落ち着く。読むという行為が時に不安を増すのに比べて。今は心配が多すぎてその輪郭をなぞりたくない。

自分の知らない言葉は自分の日記には殆ど出てこない。心が乱れた時に縫い物をすると精神が落ち着くという知人が何人かいる。言葉を書くとそれに近い効果がある。そうでもない時もある。自分の知っている無理のない単語を縫っていく。空白のノートの上に。

一枚の布に針が通り、縫い目ができる。平らだった生地が少しづつ立体になっていく。ポケットや美しいひだが見え始める。想像したように、或いは想像もしなかったように。

白いページが単語で、句読点で、感嘆詞で埋まっていく。空中。自分の中に漂っていた不安や喜び、、喜び?喜びはあっという間に霧散して消化されてしまう。玉子かけご飯の美味しい部分みたいに味わった側から消えて行く。

というわけで、漂っていた不安と驚きと発見と忘れたくないのに消えてしまいそうな思い出がノートに編まれる。

「こういうものを編もう」と思って書き始めても言葉は容易に言うことを聞かず、違う場所へ進んでしまう。それは苦しくもあり面白くもある。行こうと思っていたのとは違う別の無人島にたどり着く。無人島。

無人島だけど他人の気がしない。なんか知ってる。見たことのあるような木が生えている。水も毒のある場所も予想できる。ただ帰り方がよく分からない。帰る必要があるのかどうかも分からない。

無人島で意味もなく日記を書く。少し安心する。ノートから顔を上げると対岸から誰かが手漕ぎボートで近付いて来るような幻影が見える。もしもあの人がここへたどり着くようなら聞いてみよう。黄色って知ってる?ほら、あそこの崖に咲いている花みたいに、まるで冬がなかったかのように底抜けに明るい色のさ。

そのために窓辺を。



4.01.2020

──上町休憩室 管理人──


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