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文様よもやま話②市松-A 炭治郎か?市松か?鬼滅のオフサイド・ライン
バナー画像(緑と黒の市松)に引きつけられて、この記事を開いてしまった皆様、
すみません。
『鬼滅の刃』が主題ではない点、一番はじめにお断りを入れさして頂きます。
「市松」文様をネタに、あーだ、こーだ言いたいだけの記事なのですが、
文様が持つ潜在的な「力」について、改めて考えてみたくなったとき
どうしても取り上げたい話題の一つがコレでした。
つまり「炭治郎匂わせ」の市松問題です。
バナー画像によって、今まさに、ファンの皆様が抱いたのではないかと思われる「騙したな」「便乗しやがって」という怒り、お叱りの声を
私は甘んじて受け取らねばならないのか、
日頃から『鬼滅グッズではない、緑と黒の市松』を見かける度に
モヤモヤしている部分もあったので、ルール的にどうなのか
今更ですが整理してみたいと思います。
(もうすぐ『柱稽古編』なのでまた目にする機会も増えるでしょうか。)
※こちらの②-A面は、法律のお話。
反則を取られるボーダーライン、
=鬼滅のオフサイド・ラインは、どこに敷かれているのかが
ある程度分かる、という内容です。
②-B面は、市松文様に関わる遍歴、うんちく話、
・・という構成になっています。
難しい話はいいやという方は、②-Bだけでもご覧ください。
早速、この話題
①、「この画像(緑と黒の市松)」=「炭治郎」か?と、
②、①の連想に便乗する行為のは悪か?
を進めます。
法律レベルで「既に判断が下っている」ともいえる例があり、
ここでは2つを取り上げます。
1.商標
1つめは、ご存知の方も多いと思いますが
集英社が炭治郎の羽織の柄を商標出願した際、特許庁はこれを認めませんでした。
(①「緑と黒の市松」≠「炭治郎」という例です。)
専門的な事は省きますし、そもそも素人ゆえよく分かりませんが
特許庁では「これ、昔からある市松文様じゃん」という見解だったようです。
(集英社側は反論していますが、覆す事はできなかった。)
「炭治郎」以前から、緑と黒の組み合わせで市松文様を作る事も
あっただろうし、特許庁の判断は妥当かなと思えます・・。
先人が共有してきた知財を、さも自分の物とばかり独占しようとしたのなら
困った話だし、集英社の主張は、当人の動機がどうであれ
このような悪意を含む場合と区別がつかなかったか・・。
2.不正競争防止法
2つめの例は、不正競争防止法違反で逮捕者が出ている事案です。
とある卸売会社社長が『鬼滅の刃』を類推させるデザインの商品を
販売したなどとして罪に問われました。
(地裁レベルでは有罪判決も出ていますが、現在進行中と思われます。)
コピー商品なら、著作権法違反で取り締まれますが、類似品ということで、
不正競争防止法に照らし合わせて判断された珍しいケースです。
「緑と黒の市松」「ピンクの麻の葉」「黄色い鱗」
「煉獄さんの炎」「冨岡さんの片身替わり」「しのぶの蝶」
といった柄があしらわれたグッズが消費者に混同を生じさせている。
そして、これは『鬼滅グッズ』と誤認させようとした意図(不正の目的)があったに違いないと判断されたようです。
が、ここでの判示が、割とややこしいです・・。
「緑と黒の市松」「ピンクの麻の葉」「黄色い鱗」の三つは
本来、それ自体としては作品に結び付けられない、という
「セーフ判定」のものですが、
と断りを入れた上で、
「煉獄さんの炎」「冨岡さんの片身替わり」「しのぶの蝶」という
「アウト判定」のものとセット販売されていたので
先ほどの三つもやっぱり「アウト」に違いない、
という風に判断されたようです。
まさにオセロ的展開で、「黒」が「白」までも全部
ひっくり返していますね・・。
※単独で「アウト判定」の3つのデザインは商標登録されているので、勝手に使う事は、そもそも商標権を犯している。(集英社は差し止めや損害賠償請求などの対応をしているのだろうか・・。)
まとめ。 鬼滅のオフサイド
二つの例をまとめると
商標法では、
①「緑と黒の市松」≠「炭治郎」なので、
②便乗かどうか(悪かどうか)さえ、問われることもない。
不正競争防止法では、
①単体では「緑と黒の市松」≠「炭治郎」だが
②不正の目的を持つ者によって、消費者が混同している状況があれば、それは悪。
(常にこの限りではないではあろうが、
今回取り上げた事例に於いては、このような司法の判断が下されている。)
2つの法は、それぞれ独立して機能するものですが、
ここまで整理できたところで、今一度、市場を見渡せば、
①②の判断がしっかり取り入れられていたのだなと、了解されます。
(気になった方は 「鬼滅風デザイン」とか「鬼滅 生地」「鬼滅 柄」とかで
検索をかけてみて下さい。)
「炭治郎匂わせの市松」「禰󠄀豆子匂わせの麻の葉」「善逸匂わせの鱗」の
3つは全然セーフだが、これより踏み込むと審議入り、オフサイドの反則を
取られる可能性が出てくる。
それを理解したうえで、
各社は、オフサイド・ライン上での駆け引き(企画)を
繰り広げているらしいのです・・・。
異なる世界線の共存を望む
こうしてオフサイド・ラインが認識できるようになったことで
私個人の当初の目的であったモヤモヤ感は解消されました。
状況の理解というか、腑に落ちた感は得られました。
ただ、法律レベルでは白黒ついたとしても、
道徳、倫理レベルで「他人の褌で相撲を取る」と思しき行為をどう思うか、
(あるいは、反対に実利を重視し
公式発ではないとしても『鬼滅』熱が燃え上がるならそれはそれで良い、
全ての需要を公式だけで賄うことはまず不可能だろう、
回り回って作者も恩恵を得られるなら必要悪ではないか、
そんな風な考え方もあるかもしれない・・。)
心の中は自由なので、意見は控えるべきですが
ファンの中では、「緑と黒の市松」=「炭治郎」だし
それは尊重されて欲しい、
オフサイドライン上で駆け引きを繰り広げている方々も
そこは最大限、配慮して欲しいな、とは思いました。
また
「緑と黒の市松」=「炭治郎」の尊重を望む一方で、
「緑と黒の市松」≠「炭治郎」というもう一つの現実があることを
忘れてはいけないし、こちらも尊重しなければならないだろう。
鬼滅の刃が大人気になった事で、
「緑と黒の市松」の着物を迂闊に着れなくなってしまった
従来からの着物ユーザーが存在する可能性に想像力を
働かせなければいけない。
「炭治郎」は、そういう方にとって後発だし、
いい迷惑だった可能性も否定できないのだから・・。
一方的に「推し」なのだと決めつけられては敵わない、と思うことだろう・・。
(特許庁や不正競争防止法違反の例で取り上げた地裁の判断は
こういった可能性を汲んだ、地に足のついたものだったように思われます。)
歴史は繰り返す。市松は昔、市松ではなかった。
「緑と黒の市松」=「炭治郎」問題は、
抽象的、無機質な意匠が、後発的に特定のメッセージ性を帯びた
面白い実例だと思います。
はじめから特定のメッセージ性を込めて作られた文様ではないが、いつしか、
脊髄反射するかのように『鬼滅の刃』を想起させる「記号」として機能するようになってしまった。(そして、この脊髄反射から逃れる事はとても難しそうだ。)
明確に『鬼滅の刃』前後で意味が変わってしまった、「上書き」された訳ですが、実は、そもそも「市松」文様は、280年ほど前にも今回と同じように「上書き」されて今に至っているという驚きの経歴を持っいます。
つまり「市松」は昔まだ市松でなく、
「上書き」された結果「市松」になったのです・・。
(そして、また、今度は「炭治郎」に・・。)
実は、この数奇な運命?興味深い経緯をネタに
色々考えてみようと、この記事を書き始めたのですが・・
モヤモヤに踏み込んだら想定外のボリュームになってしまいました・・。
そういう訳で、②-B面は
市松は、どうして市松になったのか、や
それ以前は、どのような場面で使われていた文様だったのか、などを
ご紹介していきます。