『こどもたちと神さまと』 | 短編
改稿済
#シロクマ文芸部 約7000字
閏年の翌年に開催されたオリンピック会場でボランティアをしていた京子は、トイレの行列待ちをしていた男に投げられたペットボトルを頭にうけて昏倒した。
夜、管轄の巡回をしていた離れて暮らす兄の雄二が持つ三台のスマホのうちのひとつに病院の職員から連絡が入り、深夜に病院で彼が妹に会った。
京子はベッドのうえで動かず、微かにふるえながら当時のようすを朧げにつぶやいた。くちびるが乾いていて、めくれあがっていた。雄二には、京子のつぶやく事柄がまだ幽けくような声でよく聞こえず、しかも彼の常識にはない話だったために、理解をあきらめ、ただ聴いていた。
雄二は医師からあらためて説明をうけた。光源だけは見えるが、それを受けて像をつくるすべてが暗く、ほぼ見えないのだと。
たとえば、太陽だけは見える、しかし地上のほとんどが暗く夜のようで見えないのだと。
「あまりない珍しい症例ですが、たぶんまぁ疲労からの心理的症状でしょう。だいぶお仕事、えっと介護助手だったか、それとあと、あぁ、ボランティアですか、がんばっておられたようですから。とにかく充分に休養をよるよう環境を整えて、それから経過をみていくしかないですね、じゃ、入院費用とか手続とかは事務に聞いておいてください。何か質問はありますか?」
そう病院の医師は相談室で雄二の顔を見ずに話立てて、彼が「いや」と答えたのち即座に「じゃ、これで失礼」と退室した。
雄二はこの東京に充分な休養をとる場所が病院の入院病棟にしかないことをよく知っている。
いつか、管理していた風俗の女が上客に下顎を砕かれて入院したとき、雄二の目の前でその女は「もうあたし、いいですか」と看護師から借りたボールペンでベッドシーツにメモを書いた。
または、定期的に組織間に起こるいたしかたない小競り合いで取り逃した相手の10代後半の男をその家族も併せて示威行為として殺すよう指示したとき、そういえば皆殺しにした現場は病院だったと後から報告された。その子供も死ぬまではゆっくりと眠っていたのかもしれないし、付き添いに両親なども来ていたのかもしれない。雄二は詳細について覚えていない。
子供(たち)。
長兄と雄二と京子が育った家は、ただ屋根と水道があるという程度で、こころ安らぐ場所などではなかった。両親は子供を育てなかった。育てることは、それは苦しむことでも悩むことでもあるのだろう、おそらく。そしてそれをまったく避ける人間もたくさんいる。どこにでもいる。
だから、昼の世界を避ける若者は性別を問わず絶えることなく、そして夜は栄え続けてきた。だから俺たちの家庭は普通の家庭だった、日本のどこにでもあった、ごく平凡な。たとえ忌しさを感じるならそれは一家庭の問題などではない。俺は自分を哀れとも可哀想とも感じない。
雄二はそう思考する。
翌朝、入院した京子の個室の椅子に雄二は座り、ベッドによこたわる妹から、話をあらためて聞いた。外国人の看護助手が持つプラスチックのコップから、さしてあるストローで水を飲めるようになっていた。
お兄ちゃんね、あの日のこと、お医者さんからとかから聞いた?
なにかかけられたのかな? あたまからスポーツドリンクみたいなのがカラダじゅうにかかっててベトベトしてて、やだなあっておもってたらそしたら、頭がすこし重くて痛むなあって、おもって、目をあけたら、おひさまだけしか見えなかった。ほかが、ぜんぶまっくら。いまも、でんきは見えるよ。まどの日差しも。でもその他が黒いの。
それ以外は建物も人間も、あかりぜんぜん無いみたいな夜っていうか、黒くて暗くて、でもなにか動いていて、なんにもない山のなかってこんなふうかなっていう、輪郭がすこしは見えるけど、ほとんどわからないの。いまも、お兄ちゃんの顔、よく見えないんだ。ごめんね。
でも神様は、わたしをこういうふうにして、どういうことを教えようとしているんだろう?
雄二はことあるごとに妹がかみさまかみさまと。虫酸が走る。
「お前、これがおまえの神様の試練と思うか」
「お兄ちゃんの生きる夜を見せていただいているのかもしれないって、おもってたりしてる」
「絵本の読みすぎだ。ただの、日没後の経済とセックスと見栄と暴力が『夜』だ。そこらで飯喰ってる人間と根っこはおんなじでそんなメルヘンでもなんでもない」
「またお兄ちゃん、こわい言葉ばっかりだよ。あと、絵本を書くひとのなかには、そういうことがメルヘンだっておっしゃる方もいるよ」
あ、お兄ちゃんそういえばそうだった、わたしもう絵本読めないかもしれないって。聞いた? それだけざんねん。
兄は妹に、口が悪かったと伝えた。
妹は兄に、そういうつもりで言ってない、だいじょうぶだと伝えた。
雄二はいっそ妹がこのまま病院のなかで過ごしてくれたらいいのかもしれないと思う。なにもせず、苦しまず、ただ安らかに。
事故は雄二が14、京子が11になるころの春の、15年ほどの過去のできごとだった。
過去、両親が事故を起こして長男とともに死んだ。その弟と妹は生きのびた。
長男は高校生で物理が好きだったが、家に経済力がないこともよくわかっていた。高校を卒業して社会人になったらネコを飼うんだとふたりの前で言った。
妹に、ネコのまえに結婚しなよとからかわれた。
弟はすでにほとんど家に帰らなかった。
情緒不安定で暴力沙汰がおさまらない弟に、ふわふわとした髪に占いと絵本が好きな妹に、優しい兄だった。
彼はアルバイトをした金で歯医者で作ってもらったマウスピースを噛んで眠っていた。
弁当の作りかたを彼が二人に教えた。うっとうしがる雄二が火にかけられた煮物の鍋を払い菜箸を兄の目に刺そうとした。彼は弟をみつめつづけた。
両親のことは、ふたりはもうよく覚えていない。自分のことしか考えていなかった人々でよく諍いをおこしていた。
ある日、母親が酒が抜けたようになって昼に起きていて、めずらしくウキウキとコストコに行こうと支度をはじめ、兄も雄二のひとり暮らしのための家具も見にいこうと誘い、二日酔いでフラフラの父も乗せてそして家族全員を乗せたミニバンが猛スピードで分離帯に激突して炎上した。
衝突する車内で兄がふたりに咄嗟に覆い被さった。そして雄二の見た兄の首は変形していた。
それでも兄に雄二はちいさく絞り出す声で『ドア壊せ』と言う。そして兄の口から血が吹き流れた。弟はドアを見た。
衝突の衝撃からか、すこし隙間が開いている。そして車内は直後に炎に包まれる。
そのなかで何度もくりかえし弟は自分の身体を熱せられたドアに体当りさせ、そして金属が軋みドアが開いた。熱風が弟の背中のうえから車の外へ舌を這わせるように迸る。そのまま、兄の身体の懐に覆われたままの妹の身体を、弟は目いっぱいのちからを込めて引きずりだした。ふたりは車の外へ転げだし、すぐに妹の身体を今度は自分が覆った。
修は。
兄を見ようと雄二が顔を上げた瞬間、その顔を灼く距離で車は爆発し燃え上がった。そしてサイレンが聞こえる。
京子は緊急集中治療室に搬送された雄二から離され、女性の警察官たちにつきそわれて、雄二君と妹さんのきみたちだけが生き残ってみつかったと、病院で聞かされた。京子は泣き、ただ震えていた。
その後、入院先の病院で雄二は自分でガーゼを解きトイレで鏡を見た。灼けて潰れた自分の顔をみて胃液を吐いた。口の端が胃の酸で強く滲みた。
活発だった京子は、数年間表情をうまく作れなくなったり、動作が遅くなった。それでも学校に行こうとした。いじめられるようになった。それでも行った。
兄が死んだ。いまふたりは彼の名前を口にすることはほとんど無くなった。
二回目の見舞いに、個室に花瓶ごと持参して水を張り花咲く百合を差した。請われたので、瓶からひとつ抜いて手渡した。
いいかおり。まだすこしだけ見える。ほんのり。やわらかい。すてき。
ある女性の看護師が、香りの強い百合について京子にそれとなく諭したが、雄二がその看護師をみつけだして良く話しあい、以降看護師全員がふたりについて話題にしなくなった。昼には昼の、物事の言いかたがあることを、雄二は夜の空気に馴染むうちに学んでいた。
またなにか、おしごとしたいな、なにかできること、ないかな。わたしもう目が変だから、点字おぼえて、ちっちゃい子になにかお話の読み聞かせとかできないかな。幼稚園とか図書館とか介護施設とかで。
ねえお兄ちゃん、これって素敵なアイデアじゃない?
考えるな。
いやよ。
休め。
じゃあお兄ちゃんもお仕事休んでみて。
バカ、知ってるなら無理だってわかってんだろ。
じゃあ、ちょっといっしょにいよう、お兄ちゃん。休まなくちゃいけないのはきっと、つまりあの、わたしたちなんじゃないかな。
雄二は妹との会話のなかで、正確さを感じた。ためいきをつく。
ふふふ、と妹が、いまだにケロイド状の疵が残る手で、花やその茎、葉をゆびさきで辿りながら笑う。ちいさなころから、こういうところは変わらない。
雄二とって癪に障るが、それでも妹のうつくしいしぐさだと思う。優越感からではなく、話した相手と自分とのあいだに安心感を得たとき、彼女はよくほほえんだ。
それでも神は碌でもないことばかりする、ほぼ無意識で、慈悲は在り得ず稚く暴力をふるう動物実験にでも焼べられるべき猿以下のシロモノだが、人間はそれでも神を大切にしようとするがために、だから人間はそれでも世界を大切にしようとするがために、宗教が生まれ、そのあとづけに神や、神から独立した秩序や倫理が生まれた。雄二はそう考える。『その秩序の一種の端に今、自分は属している』とも。
妹のいうかみさまは、まったく忌しい。
しかしだったらなんだ、いま神も他人もどうでもいい、大切にしたいものが目の前にあるなら、ろくでもないことばかりが人生だ、だから
「ドライブに行くか?」
そう雄二は、京子に提案した。京子はほほえみ、茎をつかんで、雄二とはまるで違うほうに向けて百合を、人形のようにちいさく踊らせてみせる。
「うん、いいよ。お兄ちゃん」
雄二は前日に病院に外泊許可をとりつけ直系の車番に連絡し、その日の午後、病院のまえに車をまわさせた。
妹は運転手付きのセダンのリアシートにはじめて乗った。白く、張りのある、細かいシボ革で設えられたシート。
「すべすべ、なめらか、もっちもちで、すごい。すてきねお兄ちゃん、ここでまた眠っちゃいそうだよ」
かわいい妹さんですね。
運転手の金子がほほえんで雄二にそう言ったので、金子を病院の玄関に残して雄二が運転席に座りアクセルを踏む。リアシートにそのまま京子を乗せた。
運転中に何度かスマホが鳴り、雄二は一度だけ出た。
「すんません、あの、俺に有給ってのがあったら取ってみたいんですが、いや、じつはどうやら俺、変な動物みたいな、白い猿みたいなものが見えるようになっちまってて、いや、どうにも疲れてるみたいで、はい、病院行ってからで、はい」などと言った。
それからスマホの電源は切った。
「京子、スマホのカメラ画面越しなら世の中が見えるだろ。いつもスマホは発光している。懐中電灯にもなる」
「それお兄ちゃん、ほんきで言ってるの」
おまえ、いまあきれたのか。
そうよ。スマートフォンだなんて。
くそ。おい、タバコ吸っていいか。
いいよ。あ、これ、お兄ちゃんのタバコの匂いだ。変えないんだね。タバコの火が見えるよ。でもタバコはわるいひとの始まりなんだよ?
妹は笑う。
でもお兄ちゃんはわるいひとじゃないよ。
雄二は京子をバックミラーですこしだけ見た。妹はただ前を向いていた。
雄二は車を操作したまま言った。
「俺はいつでも狙えと両手ひろげたまま夜を歩いてきたつもりだった。けれど誰も俺を撃てなかった。そして狙われるたびに、それでもつい命が惜しくて相手を先に殺した。いつも簡単過ぎた」
いつか言いたかった。
京子はそれに答えた。
「たぶん、目の前にわたしがいるときなら、いつでも言っていいことだったとわたしはおもう。いまわたしが目の前にいる。よかった、わたしがおかしくなってよかった」
午後三時をまわった。高速を降り、海岸線を走る。
ほんとうにしずかなくるまだね。あ、窓の外、ヤコブの梯子だよ。窓開けてよ。風だ、ビューウビューウ、ああぁ、天使のはしら、が、お兄ちゃん、消えちゃ、った。またお日さまだけだ。まっくら。お兄ちゃん見た? なんで。ひどいなあ、きれいだったんだよ。あ、ねえ、潮の匂いがする。海のちかくかな。ねえ、停まろうよ。おなか空いた。
海岸の近くに車を停めた。こんなところにもコンビニはある。雄二が食べ物をいくつか選んだ。
事故から退院した直後、ケロイド状に焼け爛れた子供の雄二の顔面を、近所のコンビニの男の店員は露骨に怯えた。試しに何回目で驚かなくなるか、ひたすらそこで毎日、食パン一斤を買いつづけた。雄二が数えることをやめたあたりで自分が先にどうでもよくなった。そのうちにその店員はいなくなった。
雄二がレジ袋をもって車に戻った。
京子は車のなかから、外に向けて目を見開いていた。
水平線にペチョッて赤いおひさまが溶けるみたいだ。あ。消えた。
「おい、おにぎり買ってきた。選べよ」
「わたし見えないんだけど。まさか昆布ないよね?」
「なんでもいいから早く取れ、俺だって食べたいんだ」
「見えないのになんでいじわるするのよ、昆布だったらゲーするからね」
京子は梅おかかと鮭わかめ、雄二はツナと高菜。それにチキンナゲットを三人分。1.5Lボトルのコカコーラを一本、分けて飲んだ。コーラの余りは窓から捨てた。紙パックの緑茶も飲まずにゴミになった。
ドアを開け、ふたりは車から出た。
「おにいちゃんすごい。波だ、すごい聞こえる、すごい。海だ。匂いと音がすごい。なにこれ、見えないとこんなにすごいの?」
雄二は京子の手をとる。海、入ってみるか。いいよ、そう京子は答えた。雄二は車のキーをロックした。
防波堤のコンクリート造りの階段から夜の砂浜へ降り、ふたりとも靴とくつしたを脱いだ。雄二が京子の手をとり、昏くなった誰もいない浜辺に、ふたり波打ち際へと歩いていく。
足の指先を波がくすぐったとおもったらすぐに、足首まで海水に浸った。引いては、寄せて、くりかえす。
妹ははしゃいだ。ふたりはそのまま歩く。前へ。そして潮が満ちていく。海水がつかる深さが、砂にすこしずつ沈むその深さが、より、時間とともに、さらに。兄にしがみついた。夜で、目をあけても、見えたとしても、おそらく暗い海。兄はなにを見ているのだろう。
「ねえ、いまどこなの。このまま海に、飲みこまれそう」
「どうして俺の知らないところで暮らした。おまえとなら自由はいらなかった。無理だったろ。おまえの不器用さ、わかってただろ」
「かみさまにわたし、許してほしかった」
いると思ってたのか、本当に。
いないよね。わかってた、途中からだけど。
サンタさんいないってわかって、それから事故があって、学校行っていじめられて、それでだんだんわかってきた。
だからたぶん、だから、だから……たぶん、そう、ひとになにかを許してほしかった、途中から、きっとそうだった。いろんなひとたちに、なにかを、たぶん。
何度も警察のひとがわたしの寮やアパートに来たよ。いつもわたしの部屋を探しまわってた。なにもないのに、わたしが聞いてもないお兄ちゃんのこと、ぜんぶみんな、いろいろ教えてくれて、帰ってった。それがお仕事なんだろうね。
だから言っちゃうけど、もうどうしようもなくなっていくお兄ちゃんのそばで、なにかに巻きこまれて、死んでもよかった。
でも、そんな甘いことで、許されるような気がしない。
いまでも。
おとうさんもおかあさんもわたし止められなかった。修お兄ちゃんをわたしが死なせた。わたしが小さくてなにもできなかったから、お母さんがなにかおクスリたくさん飲んでたの見てたのに、お父さんにもいっぱいそれを飲ませてたの見てたのに。わたしただ見てただけだった。ふしぎだなあって。なんにもみんなに伝えられなかった。バカなんだね、うん、あたしは。
だから、いまもばかだけど、なにかできるだけのことしたかった。
でも、ちょっとわたし、つかれちゃったのかもしれないね。雄二お兄ちゃん。
京子に身体をもたれかけられたそのままに、雄二は海のうえの月を見る。海が満ち、ひざ上まで浸かり、ふたりは波のなか揺らぎながら立っていた。
お兄ちゃん、わがまま言っていい?
ああ。
いますごく怖いってことは、わたしまだ死にたくないっていうことで、やっぱり恥さらしだ。お兄ちゃんお願い、わたしをここに沈めて。だれにも見つからないよ。お兄ちゃんなら。ここに、沈めて。
雄二は妹を強く抱きしめ、そのまま海から浜辺へ引きずり出すために海のなかを歩き出す。妹は暴れた。
「やめて! もう何も見えないの、もういいの、もうなにもみえないんだから、もうほんとになんにも役に立たないんだからここで沈めてよここに、海に、このまま殺してよ! お兄ちゃんひといっぱい殺してきたんでしょ! 知ってるの、わたしもそうして早く、もうやだ! いやだ! わたしを、殺して!」
叫びに気をとられ雄二は躓き、ふたりは頭から波をかぶる。雄二が咆哮を上げ、もういちど妹の身体を引きずり上げ、遠い浜辺へただ向かう。
京子は暗い潮風を顔に受けながら泣きつづけた。
「お兄ちゃん」
海から浜辺にひきずって、防波底の下に京子を寄りかからせた。その横に雄二が崩れるようにすわる。おたがいの激しい呼吸がおさまるまで、座っていた。
そして京子は言った。
「なんでさっき、あたしをやってくれなかったの」
雄二はうなだれたまま答えた。
「海で、立って、おまえのうしろを、空を見ていた、見えるか」
指を差した。
京子が顔を上げる。
「満月。見えるよ」
雄二が前髪の海水を払う。
「おまえの気持ちに、耐えられなくて、そのとおりにと。でもおまえ、もしかしたら。まだこれ見てないだろうと、俺はつっ立ってた」
「そう。どうするの」
「どうもこうもしないさ、ただただ、これからが続く」
「そっか」
「不慮の事故に俺があっても大目にみてくれ、俺がいる夜から逃げられるわけじゃない」
「そしたらこんどもいっしょに、いっしょの車にふたりで乗っていようよ。そうさせて」
雄二は顔を背けた。いまの妹に見つめられたくなかった。濡れた雄二の腕に額をつけ、目を閉じる。
もうかみさまは、いいよ。
許してほしく無くなった。もういいよ。
お兄ちゃんが聞いてくれたから。
こんどはね、わたしが神様をゆるしてあげる。
ながい時間かけて。
もう、だいじょうぶだから、って。
京子、知ってるか、月は自分で光らない。だから、おまえの言うとおりだ。
そう。大丈夫よ。
大丈夫だ。
きっとね。
初稿公開 令和6年2月25日 夜
最終改訂 令和6年2月26日 夜
ここまで御読みいただき
本当にお礼申しあげます
まことにありがとうございました