【ノンバイナリー】新たな言葉を生み出すこと
先日、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』を読み終わりましたので、
その感想を書きます。
しかし、今回も前作の『1』と同様に考えたいことがたくさんあってですね。
やっぱり感想を分けて書くことにしました。
今回はその②となります。
▼前回の"その①"はこちら
ということで、今回も前回と同じ「ノンバイナリー」についての部分です。
ノンバイナリー"そのもの"については前回のその①で話してますので、
まだ「その①」を読んでいない方はそちらから読んでいただくとわかりやすいと思います。
今回お話しするのは、作中で出てきた
ノンバイナリーの方に対する三人称
についてです。
作中、主人公が通う英国の中学校(にあたる学校)では、「レノン」と生徒から呼ばれている先生がいます。
「ミスター」や「ミス」を付けずに、
「レノン」です。
そこで主人公の男の子はこう言います。
「だって、つけたらノンバイナリーじゃなくなるでしょ。」
なるほど、ノンバイナリーの方を呼ぶときにはこういう"男性だから""女性だから"という言葉の選び方が出来なくなるわけですね。
ここで話題は、ノンバイナリーの人を指す三人称の話になります。
我々が中学や高校で習った英語だと、
「彼(男性)の場合は"He"、彼女(女性)の場合は"She"を使う」
ですよね。
ですが、ノンバイナリーの人を指すときはどちらを使いますか?
困りましたね。
なにしろ性別に規定されないのですから。
作中では、
"They"を使う
とのこと。
なんと、複数形なわけです。
ここに主人公の父親も食い付きます。
「(前略)俺は『they』はおかしいと思う。1人しかいないときは1人だろ、やっぱり」
その通りですね。正論も正論です。
これに主人公は
「うーん。理想的には、『he』でも『she』でもない呼び名があったらいいんだけどね。」
そこに母親(著者)が付け足します。
「ああ、米国ではすでにあるらしいよ。『ze』とか『ve』とか。前にテレビでやってた。」
…!?!?
ze!?
ve!?
知ってました?皆さん。
私は初めて聞きました。
作中で父親も驚きます。
「もう新しい言葉までできてんのか」
いや、ほんとですよ。
まぁ確かに多様性を尊重する社会を作る上では、"性別に規定されない人を指す三人称"は必須でしょうけど、もう出来てるんですね。
私は純粋に驚きました。
作中ではこの後、
「将来的には、人と人が出会うときに、自分はどの代名詞で呼ばれたいかってみんなが言い合う時代になるんじゃないかな。ノンバイナリーの先生がそう言ってたよ」
と主人公。
なるほど。
ノンバイナリーの方は、性別に規定されないのなら"「規定がない」ということの呼び方"よりも、"個人の名前というアイデンティティ"で呼ばれることを重視するのでしょうか。
多様性に対応するために、新しい言葉やシステムを生み出していくこと
と、
今ある多様なアイデンティティを多様性として扱っていくこと
これはどちらが正しいか、なんて話ではありませんね。
社会が皆にとって住みやすくするのなら前者も必要ですし、個人間のコミュニケーションでは後者も大切でしょう。
社会も個人も、他者の多様性を尊重するには、己を変化させて対応していくことになりそうですね。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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