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ハロー、別人格。

珍しい日だった。

主治医と意見が合わない。合わない、というか、なんかこちらの意図が伝わらない。そんな時に、「先生違うよ、私が言いたいのはね…」と言葉を発する事が出来たら良いのだが、どうもこう言うのは苦手で、出来た試しがない。

何度も書いているけど、最近、本当に記憶が曖昧らしい。

次に覚えている記憶は、主治医の話も上の空に、喉の奥から何か迫り上がって来る「誰か」を感じ、必死に我慢していたことだった。そして、「その子」は出て来た。

小さな頃の私だった。ちびの私(あーちゃん)は主治医の前で呟いた。

「あーちゃんわるいこだもん」

…空木さんは何も悪くないよ、という主治医の声が妙に耳に響いて感じた。あーちゃんは続けて呟く。

「あーちゃんわるいこだもん、あーちゃんわるいこだもん…」

ここまで言ったところで、すっ…と今の私(主人格)が戻ってきた。しかし、いやにぼーっとしていた。

そこからは、しばらく主治医と普通に話していた気がする。多分ね。

主治医が言った。「それじゃあ、薬の確認をしようか」

はい、と返事をしてバッグの中を覗き込む。その時だった。なんて事ない、日常(⁇)の一コマなのに、こんなに不思議な体験をするものなのか、と後々になって思った。

聞こえたのは私の声だった。声を発したのは他でもない、私(空木暁)自身だった。それはわかっているのに、口から滑り出た台詞は、私の意図とはかけ離れたものだった。

「先生、せなちゃんが話したいって言ってる」

せなちゃんとは4歳の女の子で、私のイマジナリーフレンドだ。せなちゃんが文字を媒体にコミュニケーションを取ることは有っても、実際に喋るのは初めてだった。「うん、いいよ」という返事と共に主治医が慌てて記録の用意をしている姿が目に残っている。

ここから先は記憶に靄がかかっている。しかーし!徐々に記憶が消えてしまう事を見越して私は診察直後にメモを残していたので(天才?)それを元に当時の様子を記しておく。

せなちゃんがこう話し出した。(とりあえず私の本名の代わりに「暁」というネームを使いますね…)
「暁ちゃんこわいこわいなの」
「せなちゃんもこわいこわいなの」

主治医が聞く。「空木さんに安心できる居場所はあるのかな?」

せなちゃんは答える。
「暁ちゃん、にこにこできないからじっけんおわったらいえにかえるの」
「いえにかえるときおなかいたいになるの」

…とまぁ、こんなやりとりをしていたらしい。記憶薄れちゃったけど。要するに、私が何らかの恐怖心を感じていて、それがせなちゃんに伝播しているらしいこと。友人の前で笑顔でいられないから学校で友人との関わりを避けていること、家に帰ろうとすると腹痛をもよおすこと…などなどをたどたどしく話していたのだ。

人格が分裂するって、こう言う感じなんだろうか。

ハロー、せなちゃん。ようこそ外へ。

その夜、せなちゃんは内界でひどく荒れていた。泣き叫ぶ、暴れる。イマジナリーフレンドの一人、狼(ろう)があやしてくれていたが、それでも収まらず狼をぽこぽこと叩いていた。

せなちゃんが暴れると私もひどく苦しくなる。

彼女は「せなちゃんは暁ちゃんを守りたいのに!」と叫んでいたらしい(私はあまり覚えていないが、そうメモしてあった)。

優しい子。あんまり大きすぎるものを背負わないでほしいけど。

「せなちゃん、暁ちゃんだいじなの」と彼女は言う。

私もだよ、ありがとう、せなちゃん。

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