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スーパーウェットな保育園の運動会はやっぱりスーパーウェットだった その①
1週間の仕事を終えた金曜日の晩。私は100均で買った長方形のゼッケンに、極太マッキーで息子のクラスと名前を書いた。
大体のレイアウトを決めて書き始めたはずが、字の大きさを誤って下の名前が入らなくなりそうになったり、乾いていないインクでゼッケンが汚れたりと、なかなかうまくいかない。
悪戦苦闘しながら何とか書き上げたゼッケンを、息子の白いTシャツにアイロンでぺたりと貼り付けた。いろいろと苦戦した痕跡が見える仕上がりだが、まあいいだろう。
明日は、親子で楽しみにしていた運動会である。
息子はどんな姿を見せてくれるだろう。
数日前に配られたプログラムによると、息子がいる2歳児クラスの競技は「パン工場」らしい。なんだそれは…??
息子に聞いてももちろん合点の行く答えは得られず、謎のままだ。
初めての運動会。私の方が少しだけ、そわそわした。
翌朝。前日までの大雨は無事にあがり、曇り空ではあるけれどいい陽気だ。
いつもの時間に起きてきた息子は、大きく名前が書かれたゼッケンの付いたTシャツを見て、すぐにこれ着る!と言ってくれた。気が乗ったようだ。
しかし、勢いそのまま朝ごはんの前に着替えたものだから、真っ白なTシャツはあっという間に朝ごはんに息子がかぶりついて滴り落ちたトマトのシミだらけになった。…まあいい。
うんどうかいたのしみなひと!はーーーーーい!!なんて言いながら、いつもより少し早い時間に、夫と3人で保育園に向かった。
保育園の臨時駐車場にはすでにたくさんの車が停まっていた。駐車場から園舎までの道を歩く多くの家族から、わくわくとした高揚感が漂ってくる。皆この日を楽しみにしていたようだ。
子どもを一旦先生方に預け、保育園のグラウンドで待機している間に辺りを見渡す。敬老席で始まりを待つおじいちゃんおばあちゃん、会話に花を咲かせるママ友たち、グラウンドにできた水たまりを走り回る小学生たち。小さなグラウンドはあっという間に人でいっぱいになった。私は早くも熱気を感じて、羽織っていたカーディガンをかばんにしまった。
しばらくすると、保育園の狭い出入り口から裸足の園児たちがわらわらと出てきた。皆のTシャツのお腹には、名前が書かれたゼッケンが誇らしげについている。見ると、カラフルにイラストが描かれていたり、フェルトで作ったアンパンマンがついていたり、名前を刺繍されていたり、かなり超大作なものも多い。どうやら運動会のゼッケンを、保護者と子どもの思いを込めて渾身の作品たちに仕上げるのが、この保育園の伝統らしい。新参者の私たち夫婦はかなり驚き、感心するばかりだった。もちろん我が息子のように、白色長方形のゼッケンに黒極太マッキーの極めてシンプルなものを身に付けている子もいる。けれど、これ、いつか「ことしのぜっけんはしんかんせんがいーいー!!」とか…言われ…る…の…??
ちらりと不安をよぎらせつつ、お披露目されたゼッケンたちを楽しく眺めながら息子を探した。白いTシャツに赤い半ズボンというスタイルは、色がはっきりしていて思いのほか見つけやすい。ただ、所属する2歳児クラスではかなり身長が低い方なので、クラスメイトに紛れると、息子のちょっとずんぐりした姿はたちまち隠れてしまう。それも含めてなんだか微笑ましかった。
入場行進から始まり、プログラムは淡々とスムーズに進んでいく。プログラムの序盤、息子たち2歳児クラスの最初の出番は、保育園で普段行っている「リズム運動」(音楽に合わせて身体を動かしながら体幹や柔軟性などを育む運動)のお披露目だった。先生がピアノを弾くと、それに合わせてポーズを決めたり、走ったり、回ったり、止まったり。あちこち自由に動き回る子も多い中、息子は先生の近くで最後まで真面目にリズム運動を行っていた。固まった表情のまま淡々としているのかな、と思いきや、その表情は穏やかで、楽しそうだった。
保育園も、先生も、お友達も、リズム運動も、好きなんだな、と思った。息子は4月からの転入生で、最近までクラスでは誰よりも喋らずおとなしいと言われてきたけれど、時間をかけてゆっくり馴染んできたんだな。表情からそんな息子の気持ちが察せられて、とても嬉しかった。
この保育園はどの学年も多くて1クラス15人程度と比較的小規模で、皆で子どもを育てていくスタンスだからなのか、特に未満児は園児ひとりひとりがかなりきっちりとフォーカスされる内容になっていた。「個人競技」というのはまだ名ばかりで、年齢に合わせて設置された階段、跳び箱などの課題に各々取り組むお披露目会という感じだけれど、毎度「〇〇ちゃんが階段をのぼりました~」などとアナウンスが入った。力強くお友達と競い合い、走り回る以上児さんとはまた異なるほのぼのとした空気が漂い、何とも平和だった。
そしてプログラム中盤、いよいよ息子の謎の出場競技「パン工場」が始まる。どうやらこのパン屋さん、園児たちをパン生地という設定にして、生地を伸ばして(鉄棒にぶーらん)、こねて成型して(マットに寝転がってコロコロ)、オーブンでチン!(オーブンのデザインになった台によじ登り、滑り台を滑る)焼き上がり!美味しいパンができました!というストーリーらしい。なるほど。確かにパン工場だ。
かわいいパン生地(=2歳児クラスの園児)たちは一つ(人)ずつ並んで、焼きあがるまでのステップを順番に踏んでいく。息子パンは無事にこんがりふっくら焼きあがるだろうか。
先生の「次やりたい人ー?」の掛け声に「はーい」の挙手制で順番が決まるらしい。息子パンは集団の後ろの方にいた。マイペースなパンなので、製造ラインに乗るには少し時間がかかりそうだ。
案の定、最後から3番目くらいに息子パンが出てきた。難なく鉄棒ぶーらんをクリアし、生地が伸ばされた。そういえば最近公園で、大人用のぶら下がり健康器具に興味を示してぶら下がっていたんだった。どうやらパン工場にちなんだものだったらしい。
次のコロコロは、近くのカメラマンが気になったのか、明後日の方を向いてかなりゆっくりのんびりといろんな方向に転がっていた。生地がだれそうである。後ろから次の女の子パンが来て、軽い渋滞が起きていた。それでも気にせずコロコロする姿は、息子が「イヤ」と布団に飛び込んで不貞腐れる姿に似ていて思わず笑ってしまう。
何とか成型を終えた息子パンがオーブンに向かう。大好きな滑り台への足取りは軽く、上手に台によじ登って無事に滑り終えた。ゴールでは、控えていた年長組のお姉ちゃんが「チリン」とチャイムを鳴らし、息子パンの焼き上がりを伝えた。紙を丸めて作ったパンを息子に手渡してくれて、息子の競技は無事に終了した。
息子パン、あのクラスの中で一番おいしいに違いない。(親バカ)
始まりのときから感じていたけれど、息子はどうやらこういう場ではマイペースなりに真面目に取り組み、無難にこなすタイプのようだ。とはいえ、親と離れてこんなにたくさんの人がいる中で何かをするなんて機会は、これまでもちろん全くなかった。保育園での生活で、随分と成長し、度胸もついたのだろう。その姿が、少しだけ頼もしく見えた。
そして、普段と違う環境に戸惑う園児たちに寄り添い、時にフォローしながら優しく声掛けをして統率してくださる先生たちに、ただただ感謝の気持ちが溢れた。
運動会の翌週。教室には、ひとりひとりが描いた、運動会の絵が貼られていた。
黒いクレヨンでたくさん線が引かれた息子の絵の題名は「すべりだいすべった」
なるほど、パンでもなく、リズム運動でもなく、鉄棒ぶーらんやコロコロでもなく、滑り台が心に残ったのか。
変化球だな、と思いつつ、それも含めて心温まる運動会だった。
来年は、どんな姿になっているだろう。遠い楽しみが、また一つ増えた。