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スーパーウェットな保育園の運動会はやっぱりスーパーウェットだった その②

先日の運動会。未満児の息子がクラスのお友達と一緒にいたり、個人種目をやり遂げたりする姿を見て、胸にじんわりと広がる温かな気持ちを抱いた。それはそれでとても感動的で幸せだったのだけれど、ひとたびもう少し年上、特に年中・年長さんの演技や競技となると、ひたむきに取り組む姿が本当に健気で格好良くて、心打たれる場面がたびたびあった。心臓を鷲掴みにされて、思わず息をするのも忘れてしまいそうになるほど。

プログラム序盤、息子たちが楽しそうにリズム運動(先生が弾くピアノに合わせて身体を動かす運動)を披露した後は、年少、年中、年長さんが、学年順に各々取り組んだ課題の成果を見せてくれた。

特に見ものは年長さんの課題、竹馬である。

体幹やバランス感覚を育む目的で、昔から取り入れられているものらしい。9月に入った頃からグラウンドの隅にたくさんの竹馬が立て掛けられて、お迎えの時間などに年長の子が保護者や先生と一緒に練習している姿を何度か見た。
最初はできなかった竹馬を一生懸命練習して、できるようになるまでの過程を保護者も知っているから、「本番見ると泣きそうになるよ~」と噂でも聞いていた。なるほど心して見なければ。

実際にわずか5~6歳の小さな子(と言っても2歳児を毎日見ていると、それと比較した時の手足の長さや体格のバランスの良さには驚かされるのだけれど)たちがひょいと竹馬に乗り、グラウンドを歩いていく姿を見ると、今日までの彼らの頑張りをほぼ知らない私でさえも、頑張れ頑張れ、とつぶやかずにはいられない。
ある子は楽しそうに、ある子はそろりそろりと。時折先生たちのサポートも入りながら、毎日練習したのだろう成果を存分に見せてくれた。中には、踵の位置を高さ数十センチにしているような子もいて、まるで大道芸のようだ。こんなことができるようになるんだなぁ。皆頑張って練習したんだなぁ。その勇姿に皆で声援を送っていると、確かに胸に迫るものがあった。

竹馬隊の大半が出発し、ぞろぞろとグラウンドを歩いている頃、まだスタート地点いる男の子が目に入った。年長で唯一私がちゃんと顔と名前を一致させている、息子の同級生の女の子のお兄ちゃんである。(仮にY君とする)
Y君家族とは行動パターンが似ているのか、住んでいるエリアが近いのか、近くの公園や子ども連れが集まるイベントなどで、度々顔を合わせていた。
Y君は、妹の同級生である息子をよく気にかけてくれて、公園で砂遊びに誘ってくれたり、お茶を勧めてくれたり、イベントで会った時は遠くから息子の名前を呼びながら駆け寄ってきてくれたり、とても優しいお兄ちゃんだ。
以前、公園で会った時、「運動会、Y君は年長さんだから竹馬するの?」との尋ねた私に「うん」と答えてくれたY君。学年の中でも長身で、走り回っている姿を見ると、きっと竹馬も上手なんだろうな、と思っていた。

Y君が竹馬に乗り、歩を進める。
多くの子が乗るときに先生からサポートを受け、その後は基本的に自力で歩いている中、Y君の竹馬は常に前に立つ先生に支えられ、先生と一緒に歩いている。その踵の高さは、地上に触れているかいないか、というすれすれのものだ。恐らく、クラスの誰よりも低い。
いっちに、いっちに。先生と息を合わせながら、足元に視線を落とし、ゆっくりと私の前を歩いて行った。

様々な感情が、一気に押し寄せた。
この子は、恐らく竹馬があまり得意でない。大道芸のような圧巻のパフォーマンスを披露している子と比較すると、哀れにも見えるかもしれない。でもそこには、「逃げたい」とか「やりたくない」とか、自分のパフォーマンスを恥じるような卑屈さは一切なかった。なぜなら、私の前を通ったY君の表情が、いつも息子に向けてくれてくれるものと同じで、とても柔和で穏やかなものだったから。
僕は僕のペースで、頑張ったことを見て欲しい。
堂々とゆっくり歩いていくその立ち姿から、今日の自分のパフォーマンスに、彼自身が納得していることが感じられたから。
いつも息子に構ってくれる、どろだんご作りが大好きなY君。頑張ったんだね、かっこいいよ。Y君の姿を見ながら、私はなんだか涙が出そうだった。
そして、私の斜め前で声援を送るY君のお母さんの眼差しは、とても温かく優しかった。

Y君の本当の気持ちはわからない。単純に竹馬にはあまり興味がなかったのかもしれない。それでも、「できる」「できない」の結果にフォーカスすることなく、今の自分の姿を堂々と披露する、その姿はとても立派だった。

プログラム中盤、未満児の個人種目と年少さんのかけっこが終わった後は、年中・年長さんの障害物リレーだ。当日スタッフとなっている保護者のお父さんたちが、鉄棒や跳び箱といった障害物のセッティングを行う。紅組、白組に分かれて園児が並んだ。

よーい、どん!の掛け声とともに弾丸のように駆け出して行った先頭の年中さん2人の姿を見て、私は呆気にとられた。年中さんってこんなことできるの……!?
まずは鉄棒で逆上がり。その次は壁上り。折り畳み式の机を壁に見立て、先生が地面に対して垂直に立てて支える。そこに突進してきた園児が、壁の上の縁に手をかけて、足で壁を蹴りながらよじ登り、反対側に降りていく。
最後に跳び箱を越えて、次の走者にハイタッチでバトンが渡された。

もちろん逆上がりができない子や壁が上りきれない子には、先生が身体を支える、お尻を持ち上げるなどのフォローを入れるけれど、年齢相当よりレベルが高いように見える課題たちに体当たりで挑み、何度も失敗しながら乗り越える姿は本当に勇猛果敢で健気だった。
逆上がりで回りきって鉄棒を降りる度に、渾身の力を込めて壁を上りきる度に、大きな歓声が湧く。グラウンドにいる皆の熱い視線が、勇敢な走者たちに注がれた。

走者が年長さんに替わり、しばらくすると、先ほどのY君が出てきた。
Y君、頑張れ。私は息を呑んで見つめた。なぜ私はよその子にこんなにも思い入れを強くしているのだろう。いやそんなこと今は関係ない。

Y君が鉄棒にたどり着く。踏み込んで足をあげるも胴体が鉄棒から離れてしまい、うまく回れない。なんとか先生が腰を鉄棒に近づけ、胴体までは回ることができた。鉄棒の技で言う「おふとん」の手を放していない状態だ。
そこから背筋を使って最後の着地にたどり着こうとするも、身体全体が反ってしまってなかなか最後まで回れない。
Y君の顔はどんどん必死になって、「ふーーーん!!!」と声を出しながら身体を弓なりにさせる。あまりに何度も身体を反らすものだから、前方で応援していたY君のお母さんは思わず少し笑っていた。頑張れ。頑張れ。もう少し。ギャラリー皆の視線がY君に向けられる。
恐らく誰よりも長い時間(といっても数秒だけれど)おふとんの状態からの脱出を試みて、ついにY君の頭が上がり、そのまま着地した。やったぁ!!
グラウンドは大歓声に包まれ、割れんばかりの拍手が響いた。
その瞬間、本当に涙が出そうだった。Y君、頑張ったね。
何かを一生懸命に頑張る姿は、どうしてこんなにも人の心を打つのだろう。
この空間に居合わせられたことが、とても幸せだった。

壁上りは長身のY君には有利だったようで、すっと手を伸ばして上の縁に手をかけ、補助を受けながら無事にのぼりきった。跳び箱を越えて次の走者にバトンパス。無事に完走すると、Y君はすぐに自分のチームの応援に回った。

息子がこの保育園に在籍し続ければ、2年後にはこの障害物リレーに参加するはずだ。そのとき、私はどんな思いで見つめるのだろう。息子がいないから皆の頑張る姿に純粋に感動できたのであって、いざ息子が参加するとなるとハラハラして感動どころではないのかもしれない。実際にY君のお母さんも、感動感激と言うよりは、無事に終わってほっとした表情を浮かべていたから。

Y君にとっては、どんな運動会だったのだろう。
楽しかっただろうか。終わってよかっただろうか。
その本心を聞くことは叶わないけれど、君の姿に心動かされた妹の同級生の親が密かにいるんだよ。
Y君が大人になったとき、この日頑張ったことを少しでも覚えていてくれたら嬉しいなと勝手ながら思った。

現在絶賛甘えん坊イヤイヤ怪獣の息子からは、逆上がりして壁を越える姿は想像できない。
でも、そんな日はあっという間に来るのだろう。楽しみなような、寂しいような。そしてやっぱり、涙なしには見られないだろうなと思いながら、今はこだわりの強い息子に振り回される毎日を過ごしている。こんな日々の積み重ねが、あの姿に繋がっていくことを願いながら。



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