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#7 寝ない
今年、東京では久しぶりに積もるほどの雪が降った。その翌日、1月7日の夜に、新宿西口の地下に「眠りに」行ってきた。
新宿西口地下は、ベテランから新人までいろいろなホームレスが寝床にしている。雪が見たかったので、タクシーロータリーが見とおせる柱にもたれかかってボケェとしていた。真っ白なロータリーを想像していたけれど、街路樹に少し雪がかぶっているだけで、道路に積もった雪はとっくにタクシーに踏みならされていた。
深夜1時過ぎ、ほかのホームレスはもう寝ている。すると、僕が座っているすぐ横に、一言も発さずにおじさんがどかっと腰掛けた。おじさんはミツハシと名乗った。
ミツハシさんは、ボケーっとしている僕に「よろしく」と言って右手を差し出した。なんだか話をしたそうな雰囲気だ。僕は何も言わずにその手を握り返した。僕より少し年上に見える。
ミツハシさんのアウターは青のノースフェイスで、身なりは小綺麗だった。荷物は40リットルくらいの黒のバックパックだけみたいだ。円柱にもたれていることもあり、お互いの横顔しか見えないけれど、なんだかいい人そうな感じがする。
黙ってボケーっとしている僕にかまわず、ミツハシさんは「俺さぁ…」とボソボソと自分の身の上話を語りだした。岩手出身だということ、震災を経験したこと、8年前に東京に出てきたこと、同棲していた彼女は子供が死産してからおかしくなってしまったこと、仕事がなくなったこと、彼女と別れてからは行くあてもなく2年前から路上で暮らしていること。
僕はたいして相槌も打たずに、とつとつと語るミツハシさんの言葉に耳を傾けていた。あえてお互いの来歴を詮索しない、というのはホームレス同士の暗黙の了解になっている。自ら自分語りをする人もいないことはないが、こんなに詳細に話す人はあまりいない。柱にもたれてお互い別々のほうを向いているから、目線が合うこともないままなのに。
僕は、ミツハシさんが「誰かに話を聞いてほしい」のだと思い、聞き手役に徹していた。つらく悲しい話が多かった。
そして内心、自分に話を振られやしないかとドキドキしていた。僕には帰る家がある。雪が降ったし外で寝てみよう、といういわば物見遊山に過ぎないのだから。けれどミツハシさんは僕の名前を聞くことすらせず、自分の話を続けた。
2時間くらい話し続けて、ふと、自分語りをやめたミツハシさんが僕のほうに顔を向けて「昨日さ、沖縄の人がいたんだよ、そこに」と、別の柱を指差した。「雪ですね、ってなんかテンション上がってるみたいだったわ」と、話題を変えた。
ミツハシさんの人柄から察しがつく。昨夜もこうやって沖縄の人に話しかけたりしたんだろう。なんとなく情景が浮かんで、ほほえましかった。
少しだけ、沈黙する時間があった。
「まあ、東京は冷たいからね」。そう、ミツハシさんはぽつりと言うとまた沈黙した。
実は、話を聞いている間、寒さを感じていないことに気づいていた。どれだけ寒くても、誰かと会話していると寒さを忘れられるくらいに温かい。
そのことに気づいてからは、こんなことも頭のなかにチラついていた。もしかしたら、ボケーっと座っている僕がミツハシさんには「絶望して自暴自棄になっている人」に見えたのかもしれない。だから、夜通し僕に話しかけてくれたのかもしれない、と。そうやって、僕のために、自分のつらい話を打ち明けてくれたのかもしれない。
そうかもしれないと考えながら話を聞いていたから、僕はますます己を恥じて、自分の素性など明かせなくなっていた。ありがたさと申し訳なさで、よけいに縮こまっていたかもしれない。「東京は冷たい」。雪国出身のミツハシさんの言葉が、確信めいて、心に刺さる。ごめんなさいとありがとうがぐるぐると身体のなかをめぐる。
深夜3時すぎ。タクシーの運転手が、肩をすぼめて運転席から降りてくる。10メートルくらい離れたところから、僕らと目があった。タバコに火をつける。ほかに誰も起きている人はいない。運転手は僕らのほうを見たまま、ちょこっと首をかしげて会釈をした。
「まあ、頑張れよ」
そう言っている風だった。
※ミツハシさんは仮名です。
『トーキョーサバイバー』で学生たちが書いた原稿のなかには、ホームレス同士、あるいは人と人との「つながり」について言及したものや、他人に対する「やさしさ」とは何か、を考えたものもあります。僕はこの日、雪国出身のミツハシさんの「東京は冷たい」という言葉が刺さって、やさしい気持ちになったり、恥じたりして、寝れませんでした。
『トーキョーサバイバー』のクラウドファンディングへのご協力よろしくお願いいたします。
追記:クラウドファンディングは皆様の温かいご支援のもと、SUCCESSし終了いたしました。ご協力・ご支援いただきました皆様、誠にありがとうございました。うつつ堂代表 杉田研人拝(2022/3/17)
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