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他人の文章を読んでみる、スキをしてみる、フォローしてみる
僕にとって、これまでnoteは発信の場でしかありませんでした。大学に入ってTwitterを始め、思いついたネタツイを投稿しまくってきた僕にとって、内輪のエンタメは見るものではなくむしろ見せるものだったからです。
今は執筆で忙しく見るのも投稿するのもやっていないX (旧Twitter) ですが、大学3年くらいまでは投稿するだけして他人のツイートなんてこれっぽっちも見ていませんでした。けっこうレアなケースだよと周りに言われました。
きっとその時から、僕は誰かに認めてもらいたかったのだと思います。いいねがもらえること、フォロワーが多いことが自分のステータスであって、それが達成できるならばいくらでも身を削る努力ができました。
そしてきっと、数字で測れるものでしか自分の価値を証明できなかったのだとも思います。特にコロナ世代の我々には大学初期の友人は少なく、周りから認めてもらうためにも目で見てわかる数字の大きさが必要だったわけです。
もちろん、SNS初心者で承認欲求を満たされることの喜びを知ってしまったがために、少し暴走気味だったのは認めますが…
そんな自尊心モンスターの私がnoteに参入してきたのは言ってみればただの気まぐれでした。将来像なんて考えておらず、行き当たりばったりでここまでやってきたので具体的なゴールとか中継ポイントなんて考えているわけがありません。
そしてここでも「発信だけする人」を貫き通していました。フォロバ100%を謳ってフォロワーを増やしたい人を釣り上げ、自分からは一切フォローをしに行かないという超消極的なやり口でフォロワーを集め続けた結果、100人には達しましたがおそらく毎回記事を見てくれているのはそのうちの20人かそこらで、あとはたぶん私みたいな人が大半でしょう。ビュー数はダッシュボードで見えちゃいますから、如実で切実です。
そんな人間がどうして他人の文章を読むようになったかと言うと、一つは他のクリエイターさんの記事を見て多少なりとも感化される経験をしてしまったからです。
記事にもしたとおり自分の創作方針が大きく切り替わった出来事でした。それまではただ1,000字書けばいいだけの単純作業だったのが、この2,3日で写真を多用し編集を駆使した形式に劇的に変わりました。
変わったことがあるとすれば最低スキ数がかなり増加したこと、でしょうか。毎記事にかける時間と労力は大幅に増したように感じていますが、語彙で納得させるより小難しくなくて個人的には楽しいので続けられそうです。
自分が真剣にやるようになって、産みの苦しみを知ったこと。これも他人の投稿を確認しようと思ったきっかけの一つです。ネタ切れネタ切れと終始言ってますが、ネタ切れって自分が語れることがない、つまり学んでいない証拠なんですよ。
そして自分一人の力で何かを学び取るのってすごく難しくて、それでは毎日投稿なんて到底できない。毎日何か語ると決めた以上、周りに目を向けて情報を吸収して、語ることを考えて生きていかないといけないんです。
「自分の世界を全面に押し出してやるんだ」とか、「僕にしか書けない文章があるんだから、他人の力なんて借りるものか」とか、そういうのはただの絵空事で非現実的なものです。もうちょい大人にならないといけません。
この記事を書いている途中にも、2つの文章を読んでスキして、クリエイターさんをフォローしました。どちらもきれいな文章を書く人でした。初めてクリエイターさんのことを考えてフォローしたような気がします。
フォローが返ってこなかったら、私のフォロー数とフォロワー数の差は少々大きくなってしまいます。これまでは、フォロワーの方が多いとなんだか天才肌感があってかっこいい気がしたのでプライドが邪魔して自分からフォローをするのはやめていました。でも、もう気にしません。
別に自分は天才になりたくてnoteをやってるわけじゃないから。
これからも他人の文章を読んで、いろんな感情を抱いて、執筆に繋げていきたいです。
おわり。
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