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“噂”の怖さや“不思議”体験まで、辻村深月の原点を垣間見せる13篇『きのうの影踏み』

「刺され、誰かの胸に」

はじまりは映画だった

辻村深月(つじむら みづき)さんは、メフィスト賞を受賞したデビュー作『冷たい校舎の時は止まる』や、直木三十五賞に輝いた『鍵のない夢を見る』などが代表作とされます。
…みたいなことを「ウィキペディア」で調べました。


初めてその名に注目したのは同名小説を実写化した映画『ハケンアニメ!』です。

予告映像を偶然見たら、吉岡里帆と中村倫也が出ているではないですか。

「刺され、誰かの胸に」はヒロイン役の吉岡里帆が劇中で話すセリフの一つ。


私はその後しばらくして図書館に行くことがあり、並んでいた本の中から短編集『レジェンドアニメ!』と出会います(『ハケンアニメ!』やないんかーいっ)。

これがメチャ面白くてその世界に引き込まれました。アニメファンでもないのに業界通になったかと錯覚しそうになりました。

そうなんですよ。お察しの通り、私はそれ以降「辻村深月とはアニメ界に詳しい作家である」というイメージを持ったのです。


目からウロコの一冊

先日、図書館で本を物色していたところ『きのうの影踏み』(辻村深月)が目に止まりました。

「おっ、辻村深月じゃん」

ところが図書館司書による“おすすめ”コピーに「身の回りで起こりそうな“恐い”体験を3分くらいで読める短い話が13篇」とあるではないですか。

辻村さんを「アニメ界に詳しい作家」だと思い込んでいただけに、「不思議で怖い話」が好きな人向けというから興味本位で借りてみました。

朝活の時間に読んだところ目から鱗が落ちる思いでした。『ハケンアニメ!』『レジェンドアニメ!』と全く違う世界観にのめり込んだのです。

ここでは13篇のなかから、特に私自身の経験と重なる部分があった二つを「ネタバレしない程度に」ピックアップしました。


ショッカーの首領は誰?

「こっくりさん」や「口裂け女」「トイレの花子さん」のような学校の怪談、あるいは都市伝説と呼ばれる“噂”って今でもあるのかな。

『噂地図』は学校時代に流行ったエピソードを題材にした短編です。

都市伝説に限らず、たとえば芸能人のスキャンダルから学校内の「惚れた腫れた」の真相を探ろうという遊び…のつもりがとんでもないことに。

辻村深月さんが書いた本編がどれほど実体験にもとづいているかはわかりません。

ただ、私自身の体験から「噂ってホントに怖いよね」と共感しました。
そんなエピソードを紹介させてください。


あれは小学生高学年だった頃。1971年に藤岡弘が主人公・本郷猛役を演じる『仮面ライダー』が始まりました。

本郷猛は悪の組織「ショッカー」によって仮面ライダーに改造されてしまいます。しかし人間の心は失わず、正義の味方・仮面ライダーとしてショッカーの怪人たちと戦うのでした。

本郷は変身していないときは人間として生活するわけです。彼はスナックの店長で立花レーシングクラブ会長の立花藤兵衛(小林昭二)を「おやじさん」と呼んで慕いました。数少ない心を許せる仲間の一人だったのです。


私は普段から友だちを笑わせたり驚かせるのが好きでした。砂場で遊んでいるときに砂を口に入れて食べてみせたりしたものです。

あるとき、ふとした思いつきから学校でクラスメイトに話しました。

「ショッカーの首領の正体を知ってるか?立花藤兵衛らしいぜ」

もちろん出鱈目です。

それを聞いた友だち数人が「嘘やろ!スゲー!」と驚くのを見て「しめしめ」と悦に入ったところまではよかった。

ところが、しばらくして体育館に全校生徒が集まったとき、周りから「ショッカーの首領は立花藤兵衛だって」という声が次々と聞こえてくるではありませんか。

「このままではとんでもないことになってしまう」

焦った私は、手当たり次第に「違う違う。あれは嘘だから」と言い聞かせるしかありません。騒ぎを沈静化するのはなかなか大変でした。

間一髪で「大嘘つき」呼ばわりされずに済んだからよかったものの、それを教訓に「もう下手な冗談を言うのは止めよう」と決心したのです。


小学生の登下校

そんな私も人生経験を積んでおっさんになりました。

40歳後半から6年半ほど交通安全指導員としてボランティアで、いわゆる「旗振りおじさん」をやっていたときのことをお話ししましょう。


13篇目に掲載された『七つのカップ』は小学生たちが登下校する横断歩道とその周辺が舞台となります。

主人公の女の子は小学五年生で、友だちと一緒に徒歩で学校に通っています。

その横断歩道を渡るときに「おばさん」がいつも立っているのでした。


私の話に戻って恐縮ですが、長年に渡って旗振りをやっているといろいろな出来事に遭遇するものです。

新一年生が学校に行くのを嫌がって田んぼの中を逃げ回り、担任の先生が追いかけるというドラマさながらのシーンも目の当たりにしました。

その程度は笑い話にできるからよしとしましょう。

しかし子どもたちが横断歩道を渡ろうとしており、なおかつ私が旗を振って制しているのを無視して、猛スピードで突っ走っていく車には腸が煮えくり返りました。

交通安全指導には校長先生をはじめ、PTAや町内会に所属する保護者の皆さんも日替わりで立ち会います。近所の方も様子を見ようと顔を覗かせることが少なくありません。

それだけに『七つのカップ』で描写されているシチュエーションがありありと思い浮かべられて感情移入してしまうのです。

私の場合、6年半の間に深刻な事故が起きなかったのは幸いでした。


「怪談好きな私が、実際に体験した“不思議なこと”は後にも先にもこの一回だけだ」と振り返る辻村深月さん。


私は一冊を読了して「ああ、この人の原点はたぶんアニメだけでなく、不思議な実体験にあるんだろうな」としみじみ感じたものです。



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