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人と音楽のあいだを満たすものについて

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人たちのかけがえのないいとなみと連動する音楽のことを考えたい。 音楽学者ではないけれど、いえ、だからこそ見えてくる音楽があるはず。音のない音楽のことや、自然のなかの音楽のことなど…
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#人と音楽のあいだを満たす

赤と白とそのあいだ

雑草との共存と、選べない私と。争うのではなく、変化していくこと、そこに、音楽以前の私のテーマがあるのかもしれない、と草を狩りながら思いました。最近、雑草を残しながら植物を育てる、という記事がやたらと目に入ってきて、私も草を引かないで根を残しながら、よく観察しながら協生させていく、という方向に向かいつつあります。野菜VS雑草という対立構造ではないその新しい考えは、どこか自分の肩の力を抜いてくれたようにも思います。 もともと自分の根っこにあるのは、白組にも紅組にもつけないで、い

もしも将来この社会が荒廃していくとしたら3

音楽と「音楽の元」乱暴だけれども、 音楽から、楽器も楽譜に書いてあることも取り除いたものを 「音楽の元」とここで仮に呼ぶことにします。 それは、音楽が音としてこの世に生まれ出る瞬間までの動きや空間や人の体感のようなもの。あるいは、地上にあまねく遍在しとりとめのないことを、人でなければできない、分けたり、くくったり、結んだり加えたり、取り除いたりすることによって、見えないはずの場所に形をなしたもので、時間軸の中をうごめく「それ」です。それは西洋の土壌のもと、音楽の中で生じてき

もしも音楽が荒廃していくとしたら 2

もしも音楽が荒廃していくとしたら1のご案内以前に書いた記事、もしも音楽が荒廃していくとしたら1の続きになります。 1では、私が音楽教室をやっているのに「何を教えていいのかわからない」と思い悩み、突き詰めていくうちに、「そうか、人間の社会が荒廃していくということと、音楽が荒廃するっていうことは、おんなじフィールドでおこることなんだ。」と気がついた、ということを書きました。 五感を超えた感覚の深みから音楽と人との間に切っても切れないものとして、人の感覚があります。 音楽と聞い

音楽を”見る”ために必要なことと必要のないこと。

立派な学歴や業績があるではないけれど、いいの。 私にはなんの後ろ盾もない。 それで、正直すごく心細い。 なにか目に見える実績があるでなく、 立派な学歴や業績があるでなく、 日々、utenaの戸を叩く人と一緒に 音楽とともに生きようとする動線を描いてきて 延々それが語りかけるもの、見えるものから 教えてもらいながら、 人から生まれる音楽と、もう出来上がっている音楽をながめていた。 音楽というのはその人の中にある。 喜びにもいろんな喜びがあるし、 悲しみにもいろんな悲しみがあ

学習障害児とピアノ

学習障害児はピアノにむかない?学習障害・・・という名前には大いに抵抗がありますが・・・、 私のhpのブログに「LDはピアノに向かない」という検索で引っかかってこられた方がいて、先生でしょうか、保護者の方でしょうか、どなたかは分からないのですが、これは私なりにこちらお応えしておきたいなと思います。 結論から言えば、ピアノというのはみんな簡単に習いに来られますが、実は大変難しい技術を要するもので、LD、AD HDでなくとも、本当にものにできる人は、なかなかいないというのが、ほんと