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初めての出版と、本を届けることについて。|文学フリマを終えて


2025年1月、初めて本を出版した。

といっても、つい2日前に納品されたばかり。
そして今から、家の中で一番大きなキャリーケースにその本を40冊ほど詰めて、新幹線とバスを乗り継ぎ京都へ向かう。
文学フリマという、文学作品の展示販売会に参加するためだ。

出店者1,000人を超える大きな規模のイベント。プロもアマチュアも関係なく立ち並び、自作の本や作品を自らの手で販売するのだ。

広い会場に入り、一人心細いまま、販売ブースを整える。布を敷き、その上にポストカード、そして真新しい本を、丁寧に机に並べていく。

いわば、初めてのこの本のお披露目の場だ。

手元にあるこの40冊が、どんな人に、どれだけ届いていくのか、正直まったく予想がつかない。ソワソワしながら、ただこの席では常ににこやかにいようと心を決め、イベントの開始時間を迎えた。


文学フリマ販売ブース


初めてブースを訪れてくれたのは黒縁メガネの男性。「さっき通りかかって素敵だと思って。」と、そのまま購入してくれた。「本屋に並んでそう。」「きっと今日でたくさんの人に届いていきますね。」その言葉に、頭に小さく花火が打ち上がってビリビリと痺れる。開始早々、こんなに励みになる言葉をかけてもらえるとは思わなかった。嬉しくて嬉しくて、何度もお礼を言った。そして、初めて自分の手から手へ本を渡すあのときの感覚、きっとこの先も忘れないだろう。

購入まで至らずとも、ブースの前で歩調をゆるめてくれるだけで嬉しかった。通り過ぎながらきれいと呟いてくれるだけで、胸がきゅっとなった。

それぞれの人生の途上で、少しでもわたしの人生をのぞいてくれて、きれいと思ってくれて、話に耳を傾けてくれる。大げさかもしれないけど、人生を肯定されるような気さえした。

微笑んでいようと努めていたはずが、嬉しくてありがたくて、自然と口角がきゅうっと上がっていた。


初めてサインくださいと言われたときは、手が震えた。緊張すると、手ってちゃんと震えるんだなあ。書いてるとき見ないでおきますねと、ふふっと笑って言ってくれた優しさに和みつつ、初めてにしてはまあ上手く書けたんじゃないだろうか。


____ 震える手の感覚に、懐かしい記憶が蘇る。

出張撮影カメラマンとしてデビューした6年前。
カメラを詰めたリュックを抱え、初めてお客さんの前に立ったとき、言葉に詰まって頭が真っ白になったこと。設定がうまくいかなくて冷や汗をかきながら笑顔を保っていたこと。モニターを見て喜んでくれる反応にホッとして、嬉しくて、いつのまにか自分が一番笑っているほど、幸せを感じていたこと。


あのときの感覚だ。
右も左もわからず、どぎまぎしながら、できるのは今の自分の最大限を出し切ることだけで、でもそれが人に届くと嬉しくてたまらなくて。

喜んでくれる人の笑顔を糧に、数年間駆け抜けたカメラマンの活動。
たとえこの先手段が変わったとしても、きっと人の手に届くことの喜びはこれからも大切な心の糧になるのだろう。

とはいえ、もちろん、本は手に渡って終わりではない。読むという体験からが始まりだ。

撮影をして終わりではなく、写真を見返して、笑い合って、何年あとにも心にぬくもりがじんわりと広がる、それと同じように。
本を読んでくれた人の心に、ひとしずく言葉が落ちていって、心をゆすって、その余韻がかすかにでも残るなら嬉しい。


行きより軽くなったキャリーケースに、ありがとうの気持ちを詰めて、京都をあとにする。

人生初めてをたくさんしながら、手も心も震わせて、いろんな感情を味わって、これから歩む道はどんなものになるだろう。
どんな体験も楽しみながら、進んでいきたい。


京都からの帰路、車窓から見える夕空が優しかった。



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