ショートショート:Mの生きがい
会社のビルの1Fにはコーヒチェーン店が入っている。入っていると、やはりその店のコーヒーを飲むわけで、仕事の合間にもよく買いに行く。
ある時、
「コーヒーでも買いに行くかな」
と言うと、同期の米原が、
「じゃあ、俺が行ってくるよ。俺も飲みたいし」
と言ってくれ、買いに行ってくれた。
ところが、翌日もそのまた翌日も翌週になっても米原が買いに行ってくれた。
怪しい。絶対に怪しい。可愛いウェイターでもいるのではないだろうか。
僕はピーンと来て、彼の後をつけて行った。
彼は店内に入って、注文カウンターに並んだ。並んだ席のレジのところには、とびきりの美女がいた。やはり僕の予感は的中した。
彼が店が出たところで驚かそうと、しばらく彼の様子を見ていた。
彼の順番が回って来た。美女の前に立った彼は、なんだかウジウジしている。そして、アイスコーヒーを2つ注文するだけなのに、やたらとやりとりしている。僕は気になったので、店内に入り耳を澄ました。
「アイスコーヒーを二つ」
もの凄い小声である。
「はい。アイスコーヒーをお二つですか?」
「はい」
「サイズは?」
「・・・」
小声でしかもモゴモゴしているので聞き取れない。美女も流石に聞き取れないようで、
「サイズは?」
と美女は聞き直す。
「え、え・・・」
「Mですか?」
美女は推測してサイズを言った。
「はい。Mです」
米原は恥じらいながらも意を決したように、美女を見つめながら、はっきりした声で言った。
「いつものMですね?」
「はい。いつもMです」
彼は紅顔しながら”いつもMです”答えた。
僕はこのやり取りが、なんだか彼の毎日の生きがいのように感じてしまい、彼が出てくるのを待たず、先に社内に戻った。
彼が社内に戻って来た。その時の彼の顔は、もう紅くはなく、逆にスッキリした顔だった。
(完)