【ショートショート】リハーサルの女
アニソンと言うのは世界共通音楽で、中国でも若手のミュージシャンなら、日本語ができなくても「世界が終わるまでは」や「君が好きだと叫びたい」、「残酷な天使のテーゼ」などは歌えたりする。本当にビックリする。
中国での話だが、ある日アニソンのコピーバンドのライブを見に来ていた中国人女性がライブ終了後「私も歌わせて欲しい」と言ってきた。ちょうどボーカルが妊娠して休暇に入るところだったので、歌ってもらうことにした。
ただリハーサルの時間がうまく取れなかったので、本番当日にリハーサルをし、そのまま本番というちょっと無茶な流れとなった。
リハーサルは本番環境で行うのだが、新しいボーカルの彼女は客席でスマホ撮影の準備をしていた。
生バンドで歌ったことがないので嬉しいのだろう。SNSで拡散してもらうのも悪くはないし。でもこの場所での撮影は邪魔になる。
「ここで撮影したいのかな? 今はいいけど本番になったらお客の邪魔になるからこの場所はダメだよ」
「え~っ!」
「え~、じゃないよ。後で片付けてよ」
各パートの音出しチェックが終わり、彼女をステージに呼んだ。リハーサルの開始だ。
ところが、、、あかん方の予感が当たる。
音程音痴なのだ。面白すぎて笑ってしまった。
「今、誰か笑いましたよね?」
誰かじゃなくて、みんな笑ったんだけどね。
「そりゃあ笑うよ。ちょっとは合わせろよ」
「どうして私が合わせるのよ。あなたたちが合わせなさいよ」
まるでNHKの昭和ドラマの女優のようなことを言う。
「なんでお前に合わせなきゃいけないんだよ」
メンバーの一人が怒ってしまった。
「じゃあ笑わないで」
もう意味がわからない。
とりあえず用意していた曲の中から、一番マシであろう一曲だけ彼女に歌ってもらうことにした。
リハーサルが終わると、彼女は客席へ行き、セットしていた撮影用スマホを片付け始めた。
歌は下手だったけど、ちゃんと片付けるんだなと思っていたら、どうも帰り支度のように見えてきた。
「おい、帰るつもりか?」
「だって、もう終わったでしょ? もう撮影出来たからいいんだけど」
彼女はステージに映る自分の動画が欲しかっただけだった。
「あ、そう」
そのまま帰ってもらった。
この記事が参加している募集
ありがとうございます♪嬉しいです♪