
ワイシャツの胸ポケットに物を入れさせない奥さんの作戦
ぼくは、服装のことを全て奥さんにお任せしている。明日なにを着るのか知らないし、なんなら朝寝ぼけて服を着ているので、その日自分がなにを着ているのか分かっていない時すらある。
普通の人には理解しが高いかもしれないが、洋服に興味がなかったり、センスに自信がない人にとったら夢のような状態だと思うし、実際ぼくはすごく助かっている。
でも、やっぱりこれは特殊な関係である。魔法を使うために悪魔と契約しているのと同じまでは言わないけれど、ある程度は奥さんの言うことを聞かないといけない。すごく面倒な洋服選びを毎日してくれているのであるから、当然である(と、自分に言い聞かせている)。
でも、どうしても納得がいかない点がある。
というのも、ぼくはついついワイシャツの胸ポケットに色々と入れてしまう癖がある。資料についていたクリップとか輪ゴムとか、手に持っていると邪魔なのでさっと入れてしまうのだ。
それを取り忘れていると、当然、洗濯の時に発見されて叱られることになる。確かに申し訳ないと思うのだけど、どうしても納得いかないのが
「ポケットはデザインでついてるんやから、そもそも物を入れたらあかん」
と主張されるところである。
「ポケットに入れたなら出しなさい」ならわかるのだけど、そもそも、そこはモノを入れる場所じゃないというのである。
さすがのぼくも、これはおかしいとは思ったが、直接いうのは「あれ」なので、その場は納得したことにした。でも、まあ奥さんは仕事場のぼくは監視できないので、バレないように使ってやろうと密かに考えていた。
そして、その奥さんとのやりとりがあった数週間後、職場で少し大きな会議があって、資料にクリップがたくさん付いていたけど、会議机も狭くておくところがなかった。そこで、「そうだ、胸ポケットに入れてやろうと」クリップを胸元に持っていった時、衝撃の事実に気づいた。
胸ポケットがないのである。
そういえば、先週スーツ屋さんで奥さんがぼくの新しいワイシャツを選んでいたとき、少しいじわるそうな笑みを浮かべていた気がする。あの時、ポケットがないワイシャツを選んでいたに違いない。朝、なにも考えずに置かれているワイシャツを取って着たので気づかなかった。
家に帰っておそるおそる聞いてみた。
「あのさあ。このワイシャツ、胸ポケットないねんけど」
「ああ、やっと気づいたん。それでもうポケットに物入れられへんやろ。へへへ」
確信犯だった。
やはり、奥さんに洋服をお任せするということは、それなりの代償を覚悟しないといけないようだ。