5歳の娘が美容師さんから魔法をかけてもらった話
次女が、荒れている。
ごはんを食べなくなったり、よく嘘をつくようになったり
とにかくつまらなそうにしている時間が多く、元気がない。
きっかけは夏バテだろうが
原因はもっと積み重なったものだろう。
去年の担任の先生とお別れできなかったこと。
お姉ちゃんが小学校に行ってしまったこと。
ずっとマスクをつけなきゃいけないこと。
可愛い赤ちゃんだった弟が反抗的かつ暴力的になってきたこと。
理由を上げればキリがない。
そしてどれも完全に取り除いてあげるのは不可能な問題だった。
なるべく次女が主人公の時間を確保してあげようと考えて
初めての美容院に連れていってあげることに決めた。
私が行っている小さな美容室。
美容師さん一人でやっていて、他のお客さんはいない。
こじんまりした良い匂いの、美しい空間で
髪を切ってもらうのは私にとって最高のリフレッシュだ。
おしゃれな娘もきっと気にいるに違いない。
「次女ちゃん、髪切り屋さんに行こうか。ママの行ってるとこ。」
「え?ホント?やったぁ!」
久しぶりの娘の笑顔が早く見たくて、私は美容室に最短の予約をねじ込んだ。
「いらっしゃいませ。こんにちは、次女ちゃん」
美容師さんが挨拶してくれたときまではにこにこしていたが
椅子に座ってケープを着せてもらうと娘の顔がみるみる強張る。
髪を切られること、というより、体を触られること自体が嫌いな娘。
お父さんに切ってもらうときもいつも集中できずに動いて怒られていた。
(え?もしかして嫌がってる?)
来る道すがらはスキップまでしていたのに。
今の次女は美容師さんが動画をつけてくれたタブレットを凝視して
がちがちに緊張した顔をしていた。
(・・・失敗したかもしれない。)
5歳にはまだ美容室の楽しみは早かっただろうか。
美容師さんの手際の良いカットを見ながら私はハラハラしていた。
幸いカットは20分足らずで終わり、美容師さんが奥に行った隙に声をかける。
「次女ちゃん、可愛くなったねぇ。」
「うん・・・」
「お写真とろうか?」
「うん・・・」
一応笑顔は見せてくれたがやっぱり元気がない。
すると美容師さんが戻ってきた。
手に、きらきらした何かを持っている。
「次女ちゃん、仕上げするよー。」
美容師さんの細い指が見る見る娘のサイドの髪の毛を編み上げていく。
ボブからショートに切った直後の短い髪。
アレンジができるなんて、不器用な私は思いつきもしなかった。
娘の来ている水色のワンピースにぴったりの
青いガラスのようなビーズのついた可愛いゴムでとめて
あっというまに編み込みが出来上がる。
普段、髪を引っ張られるのが嫌いでヘアアレンジを一切させない娘も
あまりの手際の良さにされるがままだった。
「鏡見てごらん?可愛いでしょ?」
「わぁ・・・」
娘の目が、比喩じゃなく、本当にきらきらと輝いていた。
「可愛い・・・!おかあさん、もっかい写真とって!」
久しぶりに元気で、えらそうな娘の声を聴いた気がした。
そのあと娘が満足いくまで何枚も写真をとらされた。
お土産に、ともらったお菓子は
水色のステッキ型の容器に小さい粒粒のチョコが入ったもので
娘はそれもおおいに気に入ったみたいだ。
帰り道、娘はゴムのビーズをいじりながら言った。
「おかあさん、あたしこんどからずーっとずーっとここで髪切る。」
「でしょでしょ。良い髪切り屋さんなんだよ。」
「今から公園に行って、お友達にこの髪見せに行ってもいい?」
「いいよ。」
娘と公園で遊んだのは久しぶりだった。
幼稚園のお迎え帰りに寄っても、暑いから、とベンチで寝転がっていた。
そんな娘が公園を駆け回って、顔見知りの親子全員に
「見て見て!可愛いでしょ?」
と言って回っている。
みんな最近の次女には思う所があったのか
「次女ちゃん、元気になったねぇ。」
と声をかけてくれた。
涼しくなったからですかね、なんて答えていたけれど
内心、美容師さんの魔法だ、と思っている。
私も落ち込んだとき、いつもかけてもらってるもの。
この魔法が次女が辛いときをずっと支えていってくれますように。