日本の高校物理って

木の手摺りと鉄の手摺り、同じ温度でも触ると鉄の方が冷たく感じる。その理由は今の日本の高校物理の範囲では説明できない。
フィギュアスケートで高速回転する際に手を体軸に寄せる理由も、ホースの先を窄めると水が勢いよく出る理由も、今の日本の高校物理では説明できない。

高校物理に携わってて思うことはある。というか高校物理に思うことがあったから高校物理に携わる道を選んだ。
全体として理学部に偏りすぎている。普通科高校は理学部予備校ではない。
世界的に見てもレベルが高いと言えばそうだけど、「え?こんなことも知らないの?」ってこともある。

高校物理(専門4単位)の進度の例を示すと…
 2年生
1学期中間…力学(運動量、剛体) 
1学期期末…力学(円運動、単振動、万有引力)
2学期中間…熱
2学期期末…波
3学期…電磁気学(電場と電位)
 3年生
1学期中間…電磁気学(コンデンサ、電気回路)
1学期期末…電磁気学(磁場、ローレンツ力)
2学期中間…電磁気学(交流、電磁波)
2学期期末…原子(光、素粒子)

定期考査としては、力学2回、電磁気学4回。……4回!?
いや電磁気学は大事だけどね?電磁気学以外も大事なんだよ?
力学が少ない。電磁気学があまりに多い。
ということで思うことを書いてみる。

 熱
基礎範囲(比熱、熱力学第一法則)に加えてボイルシャルル、状態方程式くらいでいい。
定圧変化や断熱変化あたりも扱えるとは思うけど、熱サイクルはやめてほしい。熱機関の熱効率求める楽しさはあるけど、高校生はあれを微積分なしでやるのよ。もはや高難度の縛りプレイよ。
高校物理の微積分なし縛りは本当に害悪だ。(その割に万有引力によるポテンシャルエネルギーはしれっと出てくる。)
その縛りの影響だろうけど、熱伝導も熱放射もほぼスルー。
『一次元の熱伝導を微分方程式で解こう』なんて言うつもりはないのよ。高校物理履修者であれば『どうして木と鉄とを触ったら鉄の方が冷たいの?』って問いに答えてほしいと私は思うのです。

 波
ニュートンリングがおかしい。唐突に紹介される近似式を言われるがまま信じて使わないと解けない。というか光の干渉全般(ヤングの実験、回折格子、薄膜、楔形空気層、ニュートンリング)がマニアックすぎではなかろうか。『波の干渉』として波・音・光をひとまとめにしたくらいで十分かと思う。波の干渉、音の干渉、ヤング、回折格子くらいで十分。あとの薄膜、楔形、ニュートンリングそれからクインケ管は受験参考書にはあっていいかも知れないけど教科書に載せるほどではなく、普通の高校生に計算させるようなものではないと思う。
「空が青いのは光の散乱の影響だよ」で終わってるじゃないか。だから「シャボン玉がキラキラしてるのは光の干渉の影響だよ」で終わってダメなことはないでしょう。
スマホ画面の保護シート貼るときに、画面に密着した部分とこれから密着しようとする部分との境界が虹色に干渉してテンション上がることはあるよ。でもそれは「こんなところで虹色が見えるんだ!光が干渉してるからだ!」という感動であって、楔形空気層の計算ができるためではない。

 電磁気学
多い。とにかく多い。
点電荷まわりの電場は万有引力と同じということで納得はできる。それくらいでいいんじゃないかな。それ以外は"なんちゃってガウスの法則"を使ってまで求める必要があるのか。高校物理基礎の最初期に"重力場"という一様な場を扱っているのだから、帯電板まわりの電場もそういうノリでいいのではないか。
そして電位がややこしい。これも積分なし縛りによってややこしさを増している。やはり重力や万有引力によるポテンシャルエネルギーは扱えるので、それと同程度でいいと思う。電位の重ね合わせ、等電位線は高校では不要だと思う。
電流がつくる磁場は直線電流まわりだけでなく、円電流の中心やソレノイド内部にできる磁場も扱う。積分なし縛りがある中で、だ。物理は暗記科目だというならそれでいいけど、そうじゃないと信じたい。高校物理には直線電流がつくる磁場だけで十分だと思う。
交流は…難しいよね。最大値と実効値、共振周波数は扱いたいけど、インピーダンスの導出で出てくる位相がややこしいし、複素平面上で回転する3本のベクトルが急に出てきてこれがまた難しい。力率には触れたりするのに皮相電力あたりスルーするのはやはり理学部偏重、工学系軽視だと感じる。

 原子
放射線は物理基礎で扱っている。電子、X線まででいい。あとはコラムでいい。
不確定性原理は当然コラムでいい。教科書を書いている昭和のおじいちゃんたちが若い頃にブルーバックスで覚えた感動を現代の高校生に押し付けてるとしか思えない。
素粒子はコラムでしかない。電磁気力?クーロン力とローレンツ力と磁力が同じであるといつ記述した?強い力と弱い力?なんだそれは。高校物理を履修する高校生に何を求めているのか。


…などと日々感じながら高校生に高校物理を教える仕事をしている。
もちろん熱機関は大切だ。ボイラー技師にも気象予報士にも必須だ。
ニュートンリングも重要だ。これがないとプロジェクタもデジカメも困る。
理学部や研究者や高校物理教員への繋ぎも大切だ。
だがもっと絶対的で決定的に重要なことがある。高校生の時間は有限なのだ
限られた時間の中で数学も社会も英語も勉強しなくてはならない。
趣味に没頭せねばならないし、友人のSNSもチェックせねばならない。

限られた時間の中で加速度運動の勉強はしてほしいと思うけど、鏡の上に置いたレンズがつくる空気層の厚さを導くために普通科のふつうの高校生に頭を抱えてほしいとは思わない。
今の高校物理はふつうの高校生には多すぎる。まずは内容を減らしてほしい。圧倒的に減らしてほしい。

ただのぼやきというか愚痴に近いですが、目的意識は必要だし、クリティカルthinking?も大切なんですよね?賛否を問えば批判がかなりあると思うけど、ぜひいろんな意見を聞いてみたく思います。
気が向いたらコメントください ↓↓↓ m(_ _)m

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