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我慢しないさ

我慢のひとつは、「仕方ない」という諦めからも発生する。

意識して我慢することもあるだろうけど、そういう我慢は自分で気づいて、後でストレスの発散ができたりするものだと思う。

問題は知らず知らずにしている方の我慢。

時間や体力や能力がないから仕方ないというような、「仕方ない」で済ませていることの多くは、言い訳じみているけど、根深い我慢。自分がダメだからしょうがない、というような。

そういうものに気づいたとき、「なんで私だけ、うまくいかないのか!」と怒りが湧いたり、「自分はすごく頭が悪いのに違いない。だから、人にいいように言われ、思われ、扱われ、その上評価されない」と、自分に必要以上にがっかりしたり。自分一人だけ周りと比べて、絶対的な無能なんだと思えてしまったり。

とにかくいいことはない。

だいぶ前に、新聞の人生相談コーナーで、「自分の劣等感をもてあましている」という相談について、回答者が「『自分はこんなもんだ』と開き直ってみることもいいのでは」というアドバイスをしていた。「付け加えるべきなら、できる人間になるより、愛される人間になり、打たれ強くみえるふりを身につけたら」という答えだった。

なるほどと思った。

「仕方ない」と諦めて我慢するより、仕方ないことは仕方ないと積極的に認め、開き直ってみることも、我慢しないコツなのかもしれない。新しい選択肢なのかもしれない。

「自分はこんなもんだ」と言うことは、なにもネガティブにとらえて、「どうしようもないね、ははは」と乾いた笑いを持って言うことではなくて、「自分のできる範囲を超えた、能力以上のものを自分が勝手に想定して、がっかりしているだけでは」と思うということ。

自分に劣等感を持ち、周りと比べてしょげたり、もっとできなきゃいけないのにと焦るようなタイプの人は、恐らく自分に厳しい。

だから、ある一定程度の「こんなもんだ」の開き直りは、不必要なストレスの回避と、新しい選択肢になりえる。心の底では、「こんなもんでたまるか!」と思っているから。実際、「こんなもんだ」で終わらないから。大丈夫。

「仕方ない」の諦めを、ポジティブにとらえなおし、不快な我慢を溜め込みすぎない方法。

私はもっともっとできると、天井知らずの期待を抱いて、できなくて自分に絶望するより、余程健康的。

そもそもの我慢をしない、選択肢。

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