【小説】『朝色のスカート』
一目見て、素敵なスカート! とときめいた。
でも次の瞬間、お店の名前や雰囲気からの想像をして、いかにもなお値段と不格好な自分の体型を思い出し、あのスカートは自分に似合わないと思った。
もっとお金があったら、私はあのスカートを即買いできたのかな。
もっとスタイルがよかったら、私はあのスカートを迷わず買えたのかな。
世の中には、お金をたくさん稼ぐ人もいて、あのスカートみたいな値段の服をたくさん買える人もいる。
世の中には、モデルのような、マネキンのようなスタイルの人がたくさんいて、だからあのスカートもあのように堂々と売られている。
ウィンドウ越しに、諦めきれずスカートを眺めていると、中の店員さんが気づいてにっこり会釈をしてきた。
ーーお前のようなやつが着れる服は、うちは置いてないです。
言われてもないし、そんな素振りも見せなかったけど、店員さんはそう思ったに違いないと、私は耳たぶの先まで顔が熱くなるほどの恥ずかしさを感じた。
こんなところでぐずぐずしてるから、余計な恥をかいたんだ。
私はあのスカートに後ろ髪を引かれながら、そそくさとその店の前から退散した。
帰宅してまず、家計簿を開いた。
スカートの値段は正確には分からないけど、最悪3万円くらい。
今月はそんな余裕はない。というか、永遠にそんな余裕は生まれない。毎月変動費1万8000円で暮らす私には、3万円とは神がかった数字だ。
3万円もあるなら、毎日バナナが食べたい。
貯金を下ろすか、これからあのスカートのための貯金をするか。銀行の貯金には、3万円くらいの余裕はちゃんとある。スカート1枚のために崩すのかというと、かなり微妙な気分だけど。
家計簿を閉じて、ため息をつき、姿見の前に立った。
うん、相変わらずだ。間違いない。これが私よ。
脚は太いし、へそ周りはぷよぷよしている。
あの細身のスカートのウエストに、これが入る?
あの丈のスカートから覗いたこの脚、素敵?
いくらサイズ展開がいくつかあって、私のウエストに合うサイズがあっても、今度は私の身長とスカートのデザインとのバランスがおかしくなってしまいそう。
諦めろってか。
投げやりな気分になって、私はぷよぷよのお腹を叩いてみた。
ぺちっと小気味いい音がして、さらに悲しい気分になった。
やめればよかった。
すごすごと姿見の前からも逃げ出して、私はベッドに潜り込んだ。
いいんだ、いいんだ。どうせ、どうせ。
私は、お金もないし、スタイルもよくないよ。
そして、あの素敵なスカートを買ったところで、着ていくところだってないんだよ。
なんだか情けないやら、虚しいやら、惨めやらで、いじけた気持ちが、ますますねじれていく。
ベッドでごろごろしながら、どうにかしてこの物欲よ煩悩よ、去るのだ! と念仏のように唱えてみても、あのスカートが頭から離れない。
もういいんだ!
しばらくして、私はむくりとベッドから起き上がった。
思い切りがいいのは、いい性格だと思う。思おう。これは、いわゆる、天啓だ!
買ってしまうのだ。あのスカート。こんなに欲しいと思うことって、そうそうない。伊達に1万8000円生活を破綻もなく5年も続けていない。色々な問題は、買ってから考えよう。煩悩だろうと、くだらない物欲だろうと、なんでもいい。私はあのスカートが欲しいし、履いてみたい。
スマホであのお店のホームページを探し、スカートの値段を調べた。
25,000円(税抜)也。ネットと実店舗では値段が違うかもしれないが、それくらいの値段だということだ。
いい金銭感覚してるわ! と無駄なテンションが上がる。
でもな。あのお店の、あのすらりとしたスタイルの店員さんの前で、あのスカートくださいって、言うのか?
明らかに着れそうもないのに、図々しい客だなって思われるかもしれない。
いやいや。いやいや。
お店の人がなんと思おうが、私はお客さんなのだ。
明日の朝一番にお店に行って、買おう。買ってしまうのだ。
ふがふがと鼻息も荒く、私はもやしと豚肉炒めの夕飯をもりもり5分で食べ、風呂に入り、就寝した。
夢の中で、私はあのスカートを履いて、鏡に自分を映していた。
あのスカートへのあまりの執着心ぶりに、夢の中なのに私は自分を笑ってしまった。
しかし、夢の中でスカートは私のぷよぷよのはずのウエストに、すんなり収まっている。
私が、鏡の前でくるりと回ると、まるで不思議の国のアリスのスカートのようにふんわり後をついてくるりと、穏やかに足にまとわりついた。
スカートが少しボリュームがあるためか、私の太いはずの脚もすっきりして見える。
これはもう買うしかない!
と思ったところで、目がパチリと覚めた。
6:00のアラームより前に目が覚めたのなんて、何年ぶりだろうか。
清々しい気持ちで、私はベッドから起き上がる。
カーテンを開けると、綺麗な夏の朝焼けが窓いっぱいに広がっていて、今まで感じたことのないほど、わくわくした。
あのスカートはきっと、きっと、私にとっての朝だったんだ。私を変えるチャンスなんだ。
ぷよぷよのお腹と太い脚を撃退して、あのスカートを綺麗に履いてみせる。
そのためのプランが後回しなのは、この際目をつぶる。
私はきっと変われる。
さあ、朝色のスカートを迎えに行こう。
思いきって踏み出した先に、素敵な私がいるはずだから。
【今日の英作文】
「コロナ禍以来、誰かとご飯をしながらおしゃべりするのはまれになりました。」
"Talking over having a meal with someone has been very rare since the coronavirus pandemic.''
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