推しが消えた
私がこのお店の通販を利用するのはいつも酒を飲む深夜だ。
時々眺めて目の保養をし、ビビビっと来たら(古い言い回しだけど)実店舗に赴き買っていた。
一度買ったことのあるメーカーのものはそのまま通販で買うこともあった。
なぜ実店舗に行くのか?靴は履いてみないと分からないからだ。試し履きでちょっと痛いけど行けるかな?と思った靴は、結局あまり履くことが出来ない。通販では言わずもがな。
タルサタイムは、品物を見ていても店員さんがセールストークに来ないのでじっくりと考えることが出来る店だった。
昔は靴屋に行くことがあまり好きではなかった。いいなと思った靴を店員に見せ、これの25.5センチはありますか?と聞く。店員は店の奥に引っ込み、しばらくして出てくる。申し訳なさそうな表情を見ただけで答えは分かるが一応回答を聞く。「申し訳ありません。こちらは24.5センチまででして」
「じゃあ、大きいサイズのあるのはどれですか?」
店員は店内を見渡し、こちらになります、と案内する。そこにあるのは、大して流行に敏感なわけでもない私でも分かる野暮ったい靴ばかりだ。一応その辺の靴を見て、何も買わずに店を出る。そんなことがよくあった。
私がタルサタイムを知ったのは学生時代の先輩からの紹介だった。大きいサイズの靴なら友達が働いてる靴屋があるよ。紹介しようか?
インターネットもまだ一般的でなかったので、おすすめの店は口コミか雑誌で知る時代だった。
当時タルサタイムは紙のカタログも作っており、郵送されたカタログを見てはうっとりしていた。24.5センチ以上の可愛い靴専門店。素晴らしい響き。この靴を全部買えるようになりたい、カタログを見るたびにそう思った。
先輩は逆に小さすぎて履ける靴のない人だった。
初めてタルサタイムに入ったときの高揚感は今でも覚えている。というか、来店のたびにふわっと地面を1センチくらい浮いたような気分になった。「ここにある靴は全部履けるんだ」
初めて買った靴は、黒いエナメルで丸いつま先に薄い青色の四角が2枚貼ってあるようなデザインだった。家の中でニヤニヤしながら履いたり眺めたりした。
実際には丁度ボリュームゾーンらしく完売しているものも多かったが、あなたを歓迎します、と言われているような安心感があった。
以来、年に2、3回訪れる店となった。
働き始めた当初はなけなしのボーナスをはたいて泣く泣く一足に絞って、仕事が忙しくなった頃は滞在時間は短いがほしいものを躊躇せずレジに持っていき、そして最近はじっくりと試し履きをして長く使えそうな靴を吟味して買うようになった。
数日前にネットショップを見て閉店を知った。
もうあの高揚感を味わえなくなってしまった。