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♡今日のひと言♡太宰治~「トカトントン」より



太宰治著『トカトントン』 (1947)~青空文庫
時は敗戦直後の日本。郵便局に勤める「私」は、何かに心を動かされたり情熱を感じて「さあ、がんばろう」と前向きな気持ちになるといつも聞こえて来る、「トカトントン」という幻聴に悩まされています。

 と言っても決して、兇暴な発作などを起すというわけではありません。その反対です。何か物事に感激し、奮い立とうとすると、どこからとも無く、幽かに、トカトントンとあの金槌の音が聞えて来て、とたんに私はきょろりとなり、眼前の風景がまるでもう一変してしまって、映写がふっと中絶してあとにはただ純白のスクリンだけが残り、それをまじまじと眺めているような、何ともはかない、ばからしい気持になるのです。

太宰治著『トカトントン』 (1947)  ~青空文庫 以下同

 もう、この頃では、あのトカトントンが、いよいよ頻繁に聞え、新聞をひろげて、新憲法を一条一条熟読しようとすると、トカトントン、局の人事に就いて伯父から相談を掛けられ、名案がふっと胸に浮んでも、トカトントン、あなたの小説を読もうとしても、トカトントン、こないだこの部落に火事があって起きて火事場に駈けつけようとして、トカトントン、伯父のお相手で、晩ごはんの時お酒を飲んで、も少し飲んでみようかと思って、トカトントン、もう気が狂ってしまっているのではなかろうかと思って、これもトカトントン、自殺を考え、トカトントン。

 この奇異なる手紙を受け取った某作家は、むざんにも無学無思想の男であったが、次の如き返答を与えた。

 拝復。気取った苦悩ですね。僕は、あまり同情してはいないんですよ。十指の指差すところ、十目の見るところの、いかなる弁明も成立しない醜態を、君はまだ避けているようですね。真の思想は、叡智よりも勇気を必要とするものです。マタイ十章、二八、「身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもをおそるな、身と霊魂とをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ」この場合の「懼る」は、「畏敬」の意にちかいようです。このイエスの言に、霹靂へきれきを感ずる事が出来たら、君の幻聴は止むはずです。不尽。

※ゲヘナ(Gehenna) 聖書に登場する地名。死後に罪人が罰せられる「地獄」を表す。 


<参考>
最後の抜粋箇所は、読解しづらい部分かと思います。また、本編においての解釈も様々かと思います。個人的なとらえ方としては、以下です。

・十指の指差すところ、十目の見るところの、いかなる弁明も成立しない醜態を、君はまだ避けているようですね。
「君は臆病やプライドに邪魔されて、冷めたポーズをとることで大切なことから逃げているようですね。」

さらに、聖書からの引用部分は特に読みづらいのですが、ざっくりと言い換えると、以下のようなことかと思われます。

・「身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもをおそるな、身と霊魂とをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ」
→「あなたの体を殺すことができても、あなたの魂を殺せない者(迫害者)などおそれることはありません。体だけでなく、魂をもさばくことができる者(神)をおそれなさい。」


太宰治(1909―1948~青森・小説家)
津軽屈指の大地主の六男として生まれた。中学時代から文学に親しみ、井伏鱒二に師事。左翼活動での挫折のあと雑誌「海豹」「日本浪曼派」に作品を発表、「逆行」(1938)が芥川賞候補となる。戦後は無頼派と呼ばれ「ヴィヨンの妻」(1947)「斜陽」(1947)などで人気を博した。玉川上水で入水自殺した。享年40歳。自己破滅型の私小説作家であった。他に「走れメロス」(1940)「人間失格」(1948)など。


2024.10.29
Planet Earth

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