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一年戦争の狙撃手たち

MS-05L ザクⅠ・スナイパータイプ

狙撃体勢。右膝に姿勢保持用のニーパッドを増設してある。

 これは狙撃戦用に新たに開発された機体ではなく現地改修機ですね。既に旧式化していたザクⅠを素体にしているという意味ではリユースに近い機体かもしれません。

モノアイはMS-06E強行偵察型ザクⅡの部材に換装、増設されたブレードアンテナは外部センサーや観測兵との通信用と思われる。近距離戦を考慮してか、こめかみにFS型のようなバルカン砲らしきものもみえる。

 地球に戦線を拡大した公国軍は、兵站の面からも工業生産力の面からも地上でのMS供給にもともと難を抱えていて、キャリフォルニア・ベースを接収して地上での生産拠点の確保に努めていたわけですが、ことオデッサでの敗戦以降はロジスティック自体が不安定になり、前線の各部隊は孤立して稼働可能なMSの確保がより厳しくなっていきました。

ビーム・ライフルのエネルギーは本体のジェネレーターでは賄いきれないため、背面のバックパックにサブジェネレーターを増設しての給電式。

 総計820機ほど生産されたMS-05 ザクⅠは開戦時には既に旧式化していて、徐々に工兵・補給など2線級の任務に振り替えられていましたが、稼働できるMSが不足してくると旧式機でもなんとか第1線の仕事をしてもらわなければなりません。とはいえ既に連邦軍はMSを前線に投入しつつあり、旧式機がこれに対抗するのも難しいということで、狙撃任務に特化した改修を施したのが本機。開発中だったゲルググ系のビーム兵器をザクⅠに実装するというなかなか野心的な機体でもありました。こういう魔改造が可能なのがザク系の魅力です。

推進系と小型核融合炉を内蔵したバックパックは原爆を背負っていると言っても過言ではなく、狙撃時の機動性は無きに等しい。冷却機構に問題があったらしく、すぐに銃身が赤熱化する為に予備バレルのケースを携行、連射も難しかった。まさにスナイパー。

 2線級の旧式機で最大限の戦果を引き出すべく施された苦肉の策ではありましたが、狙撃兵は適切な人材を得れば絶大な威力を発揮することが旧世紀の独ソ戦でも証明されています。一年戦争期には傷痍兵で編成されたリビング・デッド師団のダリル・ローレンツ曹長がサンダーボルト宙域で多大な戦果を挙げ、シンプ基地隊のヨンム・カークス少佐は実に宇宙世紀0096年にこの機体で航空機からの狙撃という離れ技で連邦軍の新鋭機を多数撃破しています。

RGM-79SP[WD] ジム・スナイパーⅡ【ホワイト・ディンゴ隊仕様】

左肩にみえるのはホワイト・ディンゴの部隊章。

 ジムと侮る勿れ、スナイパーと名付けられていますが狙撃だけでなく、ジェネレーター出力や総推力でRX-78 ガンダムを上回る数値を叩き出す、一年戦争中に連邦軍が開発したMSでも最強クラスのハイエンド・モデルです。連邦軍でゲルググと単機で対抗できた唯一の機体とも言われています。

バイザーには精密射撃用アクティブ・センサーと高倍率カメラを備え、大遠距離狙撃が可能。ホワイト・ディンゴ隊仕様では右側頭部の通信ユニットがサブカメラに換装されている。

 一応量産機扱いで、コアブロック・システムやルナチタニウム装甲はオミットされていますがコストパフォーマンスは悪く、主にエース・パイロットや精鋭部隊向けに少数が生産されただけでした。

スラスターが縦に並ぶ特徴的なバックパック。腰部のウェポン・ラックには近接戦闘用のビーム・サーベルが2本マウントされている。

 写真の機体はオーストラリア方面軍特殊遊撃MS小隊“ホワイト・ディンゴ”小隊長マスター・P・レイヤー中尉の乗機。白いカラーリングは部隊色かと思いきやロールアウトカラーだったようです。

両大腿部に2基づつサブスラスターが増設されており、総推力はRX-78 ガンダムの2倍以上。

 スナイパーの名を冠するジムには他にRGM-79SC ジム・スナイパーカスタムという機体がありますが(厳密に言うとジム・スナイパーという機体もあるものの煩雑になるので割愛)、スナイパーⅡがその上位互換機かと言うと、そうではないようです。

レイヤー中尉機で使用されたロングレンジ・ビーム・ライフル。SP専用の兵装というわけではなく、SC用に開発されたものを流用しているらしい。

 一年戦争中に開発されたジム系は大まかにいえば初期生産型(いわゆるジム)と後期生産型(寒冷地仕様のD型やコマンド系のG型等)に分かれますが、SPが後者に属するG型系統の派生機なのに対して、SCは前者の初期生産型の派生機だそうです。狙撃特化ではなくエース・パイロット用の総合性能向上機というコンセプト自体は受け継ぎつつ、素体がより高性能な後期生産型となっています。
 連邦軍はジムの量産化と実戦投入をあり得ないスピードで進めるために同時並行で開発を進めた結果、ジャブロー系、ルナツー系、オーガスタ系など複数のラインが乱立していました。その結果、ジムの名を冠しているものの外観も中身もかなり異なる機体が多数誕生したようです。

生産数自体少なく、どちらかというと最終決戦に向けた宇宙軍への配備が多いため、ホワイト・ディンゴ隊のような地上軍に回された例は珍しい。オーストラリア方面軍司令スタンリー・ホーキンス大佐もジャブローに随分掛け合ったらしい。

 メタな話ですが、個人的にはジムは作画崩壊後に登場した主人公側のやられ役だったために、かなり作画リソース優先となって段ボールを貼り合わせたようなデザインになってしまい、のちのガンプラブームが到来したときにあまりに不人気な機体となってしまったんじゃないかなと。敵役の分、ジオンの機体の方が主人公を引き立てるためにデザインはしっかりしていたので、MSVなどのバリエーションも原型機のデザインを発展させればよかったのに対して、主人公側の割に連邦軍の機体が少ないという問題もあり、ガンダムは言うても主人公機なのであまり増やせないので、バンダイのためにも量産機であるジムをカッコよくするためにデザインをやり直したんじゃないでしょうか。

MS-14JG ゲルググ・イェーガー

大戦末期にサイド6のリボー・コロニー近郊の戦闘で突撃機動軍の特務部隊サイクロプスの隊長シュタイナー・ハーディ大尉が搭乗した機体。

 いわゆる統合整備計画モノと呼ばれる機体群のひとつ。MS-14 ゲルググの再設計で猟兵(イェーガー)と名付けられていますが、連邦軍のジム・スナイパーⅡと同様に総合性能向上機です。

携行火器としては威力、精度ともに当時最高水準だったビーム・マシンガン。左肩にはサイクロプスの部隊章がみえる。

 統合整備計画はMSの部品や生産ラインを共通化して生産性を向上させる目的で、オデッサ降下前にマ・クベが立案したものでしたが、結局大戦末期まで遅延して、既存機の再設計機をいくつか生み出すという本来の主旨とは離れた内容で実施されました。

両手首の固定兵装に近距離戦用のビーム速射砲。ただしMS相手には牽制程度の威力しかなかったらしく、実体弾に換装するオプションもあった。

 再設計機の中には14JGの他にもMS-06FZ ザク改MS-09R2 リック・ドムⅡなど優秀な機体がありましたが、いかんせんロールアウト時期が遅く、また統合整備計画モノ同士の規格共通化はなされたのですが従来機との互換性がなく、結局少数が生産されただけで生産性にも寄与しなかったというやや残念な感じに終わりました。

驚異的な推力を生み出す各部スラスター。腰や脚部のスカート内にもサブスラスターが装備されていた。バックパックにプロペラント・タンクを増設することで稼働時間も確保されている。

 とはいえ統合整備計画モノには高性能な機体が多く、とりわけこの14JGは一年戦争中の公国軍製MSの最高傑作とも言うべき存在です。総推力は178,500kgと従来のゲルググの3倍以上を叩き出し、連邦の白い悪魔ことRX-78-2 ガンダムはおろか、後年のAXIS製の後継機MS-14J リゲルグすら上回るという、ちょっと耳を疑いたくなる機動力を誇ります。

頭部にはバルカン砲らしきものがみえる。額のブレードアンテナに加え、バックパックにもアンテナが増設されていて、通信機能も強化されている。

 外見からは分かりにくいですが、機体各所に設置されたセンサー類によって連邦の中距離支援機と同等の精密射撃が可能となり、シールドがオミットされたものの機体表面に耐ビーム・コーティングが施されているので問題なしというモンスター・マシンです。こういうコスパの悪いハイエンド機を敗色濃厚になっても開発し続けているジオン魂にはロマンしか感じられません。

MS-08TX[NF] イフリート・イェーガー

28機しか生産されなかったイフリートだが、基礎性能の優秀さ故に少ないながらもさまざまな改修が施されて実戦に投入された。

 最後に猟兵の名を冠する機体をもうひとつ。第2地上機動師団第11MS大隊司令部付特務小隊“ノイジー・フェアリー”所属のヘレナ・ヘーゲル曹長の乗機。同隊は女性だけで構成された、元エース・パイロットの“キラー・ハービー”ことキリー・ギャレット少佐麾下の秘匿特殊部隊で、ヘーゲル曹長はその狙撃手を務めていましたが、元々の乗機だったザクが大破したために、代替機として支給されたMS-08TX イフリートを曹長の特性に合わせて現地改修した機体です。

MS-05L ザクⅠ・スナイパータイプ同様に、右膝に狙撃姿勢保持用のニーパッドを装備。

 イフリート自体は型式が示す通り、MS-07 グフMS-09 ドムの中間に位置付けられますが、どちらかというとグフに近いコンセプトで運動性と格闘戦に全振りした、狙撃任務に向いているとは言い難い機体です。少数精鋭の特務部隊で狙撃と白兵両方を兼ねさせたいという戦術運用上の必要から、イフリートを素体に狙撃戦に対応可能な改修を施すことになったと思われます。

腰部にはイフリート専用の近接兵装ヒート・ナイフ、左膝には投擲用のクラッカーも。やはり基本的にはイフリートは白兵戦距離でこそ活きる機体である。

 ここまで登場した機体と異なり、本機の主兵装はビーム兵器ではなく実体弾の狙撃ライフルで、他にもショットガンやヒート・ナイフ、クラッカーなどイフリートから流用した兵装がみられます。MS-08TX[N] イフリート・ナハトの設計プランを一部反映してステルス機能も付与されていたようです。ステルス性を活かして射点を変えながら狙撃を行ったのち、近接戦にも対応するという運用が考えられていたようです。

ビーム兵器ではなく実体弾の狙撃ライフル。対空砲弾との弾種切替が可能だったらしい。外観からは開戦初期の宇宙艦隊戦で使用された135mm対艦ライフルを流用したようにもみえる。

 こうしてみると狙撃機というよりはヘーゲル曹長の特徴に合わせたカスタム機と捉えた方が近いのかもしれません。よく言えばオールラウンダー、悪く言えばイフリート最大の特長である格闘戦能力を犠牲にしている感はやはり否めません。

スカートのウェポン・ラックには白兵戦での取り回しがいいショートバレルのソードカット・ショットガンを携行。バックパックはイフリート・ナハトのものに似ている。

 とはいえ、結局のところ旧式機のリユースであるMS-05L ザクⅠスナイパー・タイプを除けば、ここまでみたいずれの機体も狙撃戦にも対応可能な高性能機というキャラクターばかりなので、本機も現地改修機ながらその範疇と言えなくもありません。機動−索敵−狙撃−白兵といったシークエンスを単騎で実行可能なところにMSの最大の特長があるので、ひとつのタスクに特化した機体というのは積極的には必要とされなかったということでしょう。

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