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【超短編】回る世界にふたり

痛い、と思った。

四階にある教室。扉を目の前に動けなくなった。ただ痛い。騒めきと人の多さと、文化祭前日ということで飾られた風船やらが眩しくて、頭の中がぐるぐるして、吐きそうだ。
嫌だ。染まりたくない。ここにいたくない。
そんな思いを振り切るように息を吸おうとして、ぞっとした。

できなかった。息ができなくなって、思わず首元をがっと掴んだ。
世界が回り出す。ぐるぐる。カラフルな風船が弾けたような幻想に見舞われて、廊下をぱたぱたと通り過ぎていく同級生たちの顔がみんな、同じに見えてきた。

「大丈夫か?」
ふと気が付くと目の前に親友がいた。
「お前、教室に戻るならそう言えよ…探したぞ…」
彼女の額から、汗がぽたぽたと垂れている。軽音部の私たちは部室で準備をしていたが、私は堪らず逃げてしまったのだった。
ぼろぼろと涙が溢れた。息が苦しくて、声が出ない。ただ、親友がそっと肩に手を置いてくれたのがあたたかくて、それすらも痛くて、堪らない。
「大丈夫じゃないよ…」
か細い声で呟くと、親友は私の前に、まるで人混みから庇うように立って、言った。
「私がいるから、大丈夫だよ」
顔を上げた。私より背の高い彼女が、屈んで目線を合わせている。そのことが愛おしい。
すっと息をした。
瞬間、唸っていた世界が回るのをやめ、騒めきが波のように引いていくのを感じた。
「ありがとう…ごめん…」
「ごめんなんて要らないのよ。当然でしょ」
彼女は目元をくしゃっとさせて笑う。
「部室戻るか?それともサボっちゃう?」
「戻るよ。リハもしなきゃでしょう」
「おう!お前のボーカル、好きだわ」
「君のベースもね」
平凡な会話に引き戻される。
親友の手を握ってみた。そっと、気付かれないくらいそっと。
その手は、きっと真冬のコーヒーくらい、あたたかかった。

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