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【超短編】コレクション

2022年4月3日執筆

不恰好な爪先が、女のパーカーの袖口から覗いている。目深に被ったフードを軽く持ち上げながら、女は近寄ってきた。項垂れた私の前で立ち止まったその女は、気持ち悪いほど甘ったるい笑みを浮かべて尋ねてくる。
「お嬢ちゃん、行くとこが無いのかい?」
無いわ、こんな駅前に座り込んで泣いている小娘なんて、家出少女くらいじゃないの。
心の中で蔑みながら女を睨む。現実逃避もいいところだ、隣町に来てみたってエスケープ出来るわけじゃ無いのに。冷たいアスファルトにももう身体が馴染んでしまって、顔を持ち上げる気力も無い。
「お嬢ちゃん?死んでる?」
そうなれたらどんなに楽だろう。こんなに身体の持ち主は死にたがっているのに、身体はまだ生きようとする。ぎゅっと息を止めてみても、心臓は虚しく私が生きている事実を突き付けてくる。嘲笑されたような気にもなる。
言葉の代わりに涙がとめどなく溢れ出して、女は、生きてはいるのね、と呟くと私の横に座った。
「あ、あの、冷たいですよ…」
声を絞り出すと、女はまた甘い声を私に絡ませた。
「お嬢ちゃんのこと知りたいから」
「知って、どうするつもりなんですか」
「お嬢ちゃんを拾うわ。アタシの妻にならないかい?養ってあげる」
そんな上手い話があってなるものかと、私は女をまた睨んだ。それしか出来無かった。その拍子に女と目が合ってしまった。
つるりとして、半透明で、例えるなら風鈴のような水晶体。吸い込まれそうなほどに冷たくて、鋭くて、私だけが映っている。
綺麗だと、思った。
今まで見たものの中で、と言うと大袈裟かも知れないけれど、私はもう何もいらないから、ただただこの瞳を独り占めしていたいと、それほどまでには美しかったのだ。
「どうだい、お嬢ちゃん?お嬢ちゃんは何もしなくていい。ただ、アタシが家にいる間は甘やかされてくれればいいの」
「甘やかされる…?」
「アタシは可愛い女を養うのが好きでね。コレクションみたいなもんさ。これまでにも十人以上養った。でも結局、皆んな男の方が好きで、他所に行ったってわけ。どうだいお嬢ちゃん?」
この短時間で私は女に惚れてしまって、女に愛される以外に救われない気がした。私は女に手を伸ばしてぽつりと懇願する。
「拾ってください」
途端に女はパーカーのフードを払い除け、私を抱き上げた。そして艶かしく笑う。
「さ、可愛がってやろうね、第13号」
再び見えた爪先に、まだ赤黒い血液がこびりついていることに気が付いてしまった。

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