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【超短編】ともだちじゃだめなの?

一緒にいる理由が欲しい、と彼女は言った。

性別のない私たちだから、彼女と言うのはおかしいだろうか。でもそれ相応の代名詞が見つからなくて、私は彼女と書いた。
Xジェンダー無性。私も彼女も、“彼女”なのだけれど、性別なんて欲しくはない。だからやっぱり、彼女だなんて与えることはできなくて、智結ちゆと名前を呼ぶことにする。

一緒にいる理由が欲しい、と智結は言った。私の腕を掴んで、澄んだ瞳を真っ直ぐこちらに向けて。智結の視線はあまりにも鋭くて、矢が林檎を射抜くときのそれに似ていた。射抜かれたわけでも無いのに後頭部がキンと痛んだ。
三月の夜はまだ寒い。だいぶ日の長くなった空を見上げ、田舎の駅前で私たちは立ち止まる。

「私、ともるが好きなんだ」
智結の長い髪が揺れて、その一瞬に朝日を見た。髪の隙間から覗く夕陽が眩しくて、私には朝のように思えた。冷たい風に耳を殴られて、やっと我に返る。
「私と付き合ってください」
するりと智結の手が離れていく気がした。結局、智結も私とは違う人間で、恋愛感情とやらに溺れて、恋人を作って仕舞うのだ。私が二十年生きてきても理解し得なかった感情を、智結は持っているのだ。
好きにならせてしまって申し訳ない。私がもっともっとダサい奴ならよかった。私がもっともっと冷たくて性格の悪い奴ならよかった。でもそれじゃ、智結と親友にはなれなかったのかな。いや、それならそれでいい。智結を他の誰かが、私じゃない誰かが、うんと幸せにしてくれるなら。なんで私なんだろう。私は今から、智結を傷付けることしか出来ないのに。
「ごめん、私、智結とは親友がいい」
智結の真剣で真っ直ぐな視線がふっと外れて、澄んでいたはずの瞳からは涙が溢れ出していた。わかっていた。私が臆病なだけなんだと。好きだよと嘘を吐いて、付き合って仕舞えたらよかった。それなのに出来ないのは、今のこの関係が壊れるのが嫌だからなんだ。私には智結が必要で、それは恋人としてじゃなくて、親友として智結が必要だ。この居心地の良すぎる定位置を崩したくない。
「本当にごめん。我儘で」
「ううん、いいの。燈のせいじゃないから。私こそ、ごめんね」
なんでお前が謝るんだろう。
昔から何故か人に好かれやすくて、気付けば告白を断り続けていた。何度も何度も。時には、好きでもないなら思わせぶりな態度を取るなと泣かれたこともある。
一緒にいる理由が欲しいと、確かに智結はそう言った。その関係に名前が欲しいなら、それなら、友達じゃ駄目なんだろうか。親友という立ち位置は、これから先も智結が最初で最後で、ずっと特別なのに。

「ともだちじゃだめなの?」
すごく無神経で、すごく辛辣だったと思う。それでも心からそう思ったから、私はつい聞いてしまった。
智結の髪がまた揺れた。今度は風じゃない。智結が向こうを向いた反動だった。

わかっている。失恋した人は決まって、泣きながら去っていくんだ。これもずっと見てきたからわかっていた。
智結は明日からも、私の親友でいてくれるだろうか。そんな自分勝手な疑念がよぎる。
智結の去った方向の空は、もう陽が沈んで青白かった。

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