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映画『バブル』レビュー
【『バブル』とは『シン・ウルトラマン』でありウタはウルトラマンだ】
(※『シン・ウルトラマン』の内容に結構触れております)
遠く宇宙より地球へと飛来したその生命体は、自らの“声”を聴き取ってコミュニケーションの可能性を伺わせた地球の人間に関心を抱く。けれども、その生命体が帰属する集団は地球の生命体を悪しきものとして殲滅を企図。“声”を聴き取った生命体は自らの生命を賭して地球を守ろうと戦う。
その最中、集団から何か声が聞こえたとしたなら、こんなことを言っていたに違いない。「そんなに人間が好きになったのか、ウタ」
え? 「そんなに人間が好きになったのか、ウルトラマン」の間違いなのでは? 違う。これはNetflixによって2022年4月28日から配信が始まり、5月13日には劇場での公開も始まった、荒木哲郎監督による長編アニメーション映画『バブル』の話。だからウタで良いのだ。
いやいや、だって同じ5月13日に公開となった、庵野秀明脚本・総監修で樋口真嗣監督による『シン・ウルトラマン』と同じストーリーじゃないかと言われても、やっぱりこれは『バブル』の話だと強く強く訴える。もしも『シン・ウルトラマン』のことが浮かぶ人がいたとしたら、『バブル』とよほど似た話だったのだろう。
異なる価値観を持った知性が出会い、コミュニケーションを経てお互いを理解することで、衝突を回避し融和へと向かう。同じ公開日で同じようなテーマと問題意識を持った物語が登場したことに、何か意味があるかもしれないが、『バブル』は庵野秀明から干支で1回り遅い1972年に生まれた、虚淵玄による脚本によって書かれた物語。もしもそこに共通点があるのなら、庵野秀明が『ウルトラマン』から吸収し、『トップをねらえ』や『新世紀エヴァンゲリオン』などで発信して来た物語が、時代を経た虚淵玄の中にもあったということだろう。
もっとも、全体のストーリーは『バブル』と『シン・ウルトラマン』とでは大きく違う。5年前に突如、空から降って来た泡〈バブル〉に世界は包まれた。ところが、東京タワーで起こった爆発事故を境にして東京だけが巨大なドームの形をした「壁泡」というものに覆われ、降泡現象もその中だけで起こるようになった。
東京以外は平穏を取り戻し、それまでどおりの日常が続いた一方で、住む場所を失った若者たちが「壁泡」の中に留まって、バトルクールという競技に身を投じていた。「壁泡」の中は重力に異常が起こっていて、倒壊したビルの一部や車などが、残った泡とともに空中を漂うようになっていた。そうした障害物を巧みに乗り越えながら、ゴール地点にあるフラッグを奪い合う競技がバトルクールだ。
『バブル』は、「ブルーブレイズ」というチームに所属して、このバトルクールに参加しているヒビキという少年が主人公。5年前の事故を爆心地の東京タワーで経験したヒビキだったが、命は助かり今は誘われるようにしてバトルクールに興じていた。そのヒビキがある日、訳あって出向いた東京タワーのそばで出会ったのが、後にウタと名付けるひとりの少女だった。
髪の色が奇妙だったり服装がちぐはぐだったりする上に、まともに話すこともできない少女の正体が、『バブル』という物語の大きな鍵。例えるなら、アンデルセン童話『人魚姫』の人魚であり、そして『シン・ウルトラマン』のウルトラマン。つまりは人間とは異なる存在だ。ヒビキのことに興味を持ったウタはヒビキにつきまとうようになり、そのままバトルクールにも加わって異常なまでの身体能力を見せる。
そうしたバトルクールの模様が、『バブル』というアニメでは縦横に移動するカメラワークでしっかりと描かれていて、スピーディーで躍動感のあるプレイぶりを目の当たりにできる。さすがは第3期までのアニメ版『進撃の巨人』を手がけた荒木哲郎監督と、WIT STUDIOの作品だけのことはある。調査兵団が立体起動装置を使って屋根の上を飛び回り、巨人に挑んだシーンを思い出す人も多いだろう。
一方で、バトルクールに参加している若者たちが、野菜を育て鶏を飼って自給自足しながら暮らしている日常も、しっかりと描かれて自暴自棄になっているだけではないことを感じさせる。自分たちの居場所をそこだと定め、生きていこうとする前向きさが感じられる。映画で食卓に並ぶ料理が美味しそうに見えるのは、絵として描かれたそれらがリアルなこともあるが、同時に生きていく大変さを一緒に感じることで、日々の糧のありがたみが分かるからなのかもしれない。
『響け!ユーフォニアム』の作者である武田綾乃が書いたノベライズ『バブル』(集英社)には、そうした「壁泡」内での日々の生活のことや、登場人物たちのそれぞれが考えていることもしっかりと描写され、『バブル』という物語の世界の深みを与えてくれる。そして何より、映画では印象から悟るしかなかったウタとそして泡たちの目的と、そんなウタが身を挺して戦ったことで起こった奇跡の意味もよく分かるようになっている。映画を見たら是非に読んで、世界観を補完して欲しい。
そうすることによって、観客はよりはっきりと意識するだろう。『バブル』とは『シン・ウルトラマン』であり、ウタはウルトラマンでありヒビキは浅見弘子であると。地球に密かに訪れていた危機を、人間の種を超えてコミュニケーションを求める思いと、そんな思いに気づいた存在との出会いと交流が救いをもたらす物語なのだと。
劇場では目下のところ『シン・ウルトラマン』の人気が圧倒的だが、これを聞けば『バブル』にも関心が向いて劇場へと足を運びたくなるだろう。そして地球と人類が救われたことに、コミュニケーションの大切さを強く思い知るだろう。(タニグチリウイチ)