ミルククラウン
冷蔵庫から牛乳を取り出した。寝る前にホットミルクを飲むのはカロリーの摂りすぎだ。
良くないと思いつつお茶や白湯では気持ちが落ち着かず取り出した牛乳をカップにつぎ電子レンジに入れる。
電子レンジのミルクマークを押して1分弱待つ。温まったミルクをかき混ぜてからふうふうと息を吹きかけてカップに口をつけた。
モヤモヤした気持ちを抱えて悲しいのか腹が立つのかもわからない。時々気持ちが「ワーーーッ」となって誰かれかまわず、怒鳴ったり暴力さえ振るいたくなる。
世の中の理不尽が人間の醜さが何よりおのれの弱さが情けなかった。
ひと月前、自店のバーで刃傷沙汰があった。時々来る同じ話を病的に繰り返す男性が、突然カバンから包丁を取り出して暴れた。
まわりにいた人々が切りつけられ、私は男を抑えるためにカウンターから身を乗り出して腕を掴んだ。掴んだ腕を全体重でカウンターの中に引っ張った。
男はバランスを崩し、頭からカウンターに突っ込んだ。その時、男の持った包丁が私の肩にイヤな音を立てて刺さった。男は空瓶の入ったケースに突っ込んで顔中ガラスで傷だらけになって止まった。
あたりは血の海で、店内は茫然としてしまい警察に電話すら出来なかった。私は非常ベルを押した。他店の誰かが先に警察に電話してくれたようだった。
短い時間なはずだが、私にとっては永久と思える時間が過ぎてから、警察と救急車が到着した。
男性は血だらけになって、逮捕されても世の中への恨みつらみを叫びまくっていた。幸い死者は出なかった。私はひと月入院して先週家に帰って来た。
店は保険が下りて工事が始まろうとしている。
でも、私はあの場所に帰れるだろうか。今も恐怖で震える。なぜうちの店だったのだろうか?なぜ私だったんだろう?
警察でも病院でも「お気の毒でしたね」と言われたが運が悪いでは済まない。どこにでも落ちている狂気がまた私のところに来るかもしれない。家族もなく、帰る田舎もない。
「助けて、誰か助けて」
小声で言う。温かいミルクに涙がポタポタと落ちてミルククラウンが出来るのを見た。今夜も私は眠れない。