Chapter5「ボスのプラン」
『地球の歩き方』の地図を見ながらDTDCのあるNブロックに向かうと、途中で前を歩いていたインド人に田中君が足を踏まれた。
「It's my fault(ごめんなさい)」
僕らは足を踏まれたことを別段気にすることもなく、少し歩いたあと彼に道を聞いてみようということになった。
「う~ん」
彼は『地球の歩き方』を見ながらしばらく考えて、近くを通るので連れてってあげようと言ってくれた。
「そこだよ」
彼が指差したのはサークルからひとつ裏路地に入ったところにあるオフィスだった。
「政府観光局にしては随分奥まった所にあるな」
とは僕らは思わなかった。
オフィスの看板にヒンドゥー文字でなにかしら書いてあったが、それが『政府観光局』と書いてあるだろ、と当のインド人に言われれば、よっぽどの偏屈でないかぎり、信じてしまうものである。実際、地図には『 DTDC 』という文字が彼が指差したオフィスと同じ場所に載っているのである。
DTDC のボスはジェントルマンだった。
恰幅のよい体格をしており、力強いヒゲをたくわえている。
僕らはボスを政府の人間だと完全に信じていたので、ひとしきりインドに来た感想を述べた後、この先の旅行プランについて相談した。
親切なボスが言うには、2等列車は昼はいいが夜は危険だから1等列車にしたほうがいいし、デリーは危険だから早く出たほうがいいということだ。
僕たちがボスと練り上げたプランは以下のものだ。
以上のプランを立て、ボスはヴァラナシ→カトマンズ→カルカッタ間の航空チケットと途中の車での送迎、計5日分のホテル代を含めると1人600ドルでツアーを組める、と言った。
少し高いかなと思ったが、飛行機や鉄道のチケットを自分達で取る労力と時間の浪費を考え、何よりすでにインドに疲れていた僕らは、ボスの申し出に心を動かされた。
財布には600ドルを払ってもあと200~300ドルほどお金が残っているはずだ。
インドでは宿代と飯代はホントに安いし、ボスによれば夕食と朝食はホテルでタダで食うことができるということだ。
踏ん切りのつかなかった僕らの心を決めたのはボスの次のひと言だった。
「安全とお金のどちらを選ぶかはキミたちの選択だ。私にはアドバイスしかできない」
僕らは安全を選択した。
・・・一つ大事なことを忘れていた。
今日は夕方から洋子さんと会う約束をしていたのである。
洋子さんとは、福岡のおばあちゃんの友達の娘さんで、直接の面識はない。
インド人と結婚してデリーに在住しているので、孫のインド旅行を心配したおばあちゃんが、インドで何かあったときの保護者として紹介してくれたのだ。
僕らと洋子さんはインドに到着した次の日に会う約束になっていた。
「今日の夕方にデリーでfriendと会うことになっている」
僕は言った。
ボスは僕の持っていた洋子さんの家の住所と電話番号が書かれたメモを手にすると、
「ここからだと1時間くらいかかる。今日はすぐ出発することになるので、会うのは難しい」
と言ったのだ。
「じゃあ、電話だけでもさせてください」
僕が電話を借りようとすると、ボスは私がかけてやろうと言って僕のメモを見ながら電話をつないでくれた。
「Hello?」
「Hello。I am KENICHI」
「はいはい」
「洋子さんはいますか?」
インド人男性の声でインド訛りの日本語を喋っているので、僕はてっきり洋子さんの旦那さんだと思ってしまった。
「今出かけているので要件だけでも伝えましょうか」
旦那さんは言った。
僕は事情を話し、
「今日は行けそうにないので、また何かあったら電話をさせてもらうかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
と伝えて電話を切った。
その頃までには僕らはボスのプランにかなり満足していた。
600ドルをT/C(トラベラーズチェック)と現金で払い、今思えば信じられないが、レシートをもらうのを忘れてしまっていた。
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