デザインについてこの一年で学んだこと&次の一年で学びたいこと #227
デザインを学ぶためにニューヨークに移ってから一年が経過しました。エンジニア畑にいた私は、デザインについて何も知りませんでした。そんな状態から一年間でデザインについて学んだことをまとめてみます。
また、デザインについて学んだことを夏休みを利用してまとめていく中で、自分がデザインで何をしていきたいのかという方向性も見えてきたので、それについても書いておきます。
この一年で学んだこと
Transdisciplinary Design
パーソンズ美術大学でTransdisciplinary Designを学んでいます。デザインに関する方法論で主に学んだのは、Design-Led Research(デザインリサーチ)とSpeculative Designでした。Transdisciplinaryは領域横断と日本語に訳されるように、心理学や哲学、政治学&人類学の授業を受けることもできました。
こうした他のデザインスクールにはない個性的で唯一無二のデザイン教育を実践しているのが、パーソンズ美術大学・Transdisciplinary Designです。詳しくは以下の記事を参照してみてください。
Transdisciplinaryの歴史的背景
日々の授業を通してTransdisciplinary Designらしさを体に覚えさせていく中で、その「らしさ」の源泉は何かと疑問に思うようになりました。そこで、自分なりに調べていくと、その源泉は現代思想にありそうだと思うようになりました。
特にジャック・デリダの脱構築という概念を知った時、Transdisciplinary Designが目指しているのはこれかもしれないと言語化できた気がしました。つまり、二項対立における優劣を疑う、さらには二項対立を生み出す境界・基準を疑うということです。新しい何かを生み出す前に現状を疑うことから始めるというのが、Transdisciplinary Designらしさである気がしています。
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Designの歴史的背景
また、現代思想がソクラテス・プラトン・アリストテレスから始まって、デカルト・カント・ヘーゲルへと続いていく歴史から発展してきたことを勉強していくと、デザインの歴史的背景も同時に理解できるようになりました。
たとえば、進歩史観の反省から相対主義が主流になったこと、その潮流を牽引したのが文化人類学であったこと、文化人類学的な考え方や研究手法は他の学問にも波及していきデザインもその例外ではなかったことなどが理解できました。
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Transdisciplinary Designについての概論を授業で学び、その歴史的背景を自分なりに調べた一年でした。今思えば、いきなり最先端(?)のデザインを慣れない英語で学ぶというハードモードをよく乗り切れたと自分でも感心します。といっても、私が優秀なのではなく、先生方の教え方が抜群に上手いおかげですね。クラスメートも優しいですし。
次の一年で学びたいこと
さて、次の一年はこれまでの学びを生かして修士論文を完成させていくことになるわけですが、オリジナルの「何か」をデザインしていかなければなりません。そこで、新学期が始まる前に現時点で想定している研究計画を書いてみることにします。
Transdisciplinary Designの方法論を確立する
前述した一年間の学びをもとに、Transdisciplinary Designの実践プロセスを言語化することから始める予定です。これにより、自分が修士論文を進めていく際の道標をつくるとともに、Transdisciplinary Designを他の人にも伝えやすくするつもりです。現時点での方法論のまとめは、以下の記事に書いています。
Transdisciplinary Designの方法論を定義した後は、その方法論を用いながら「何か」を対象に定めてデザインしていくことになります。しかし、その前に「デザインする」という行為そのものをTransdisciplinary Designの視点で見直すことから始めるべきだと考えています。
たとえば以下の記事では、デザインは①問題解決主義、②唯物論的欲求充足、③創造性崇拝という3つの前提に縛られており、その背景には西洋的価値観があるのではないかと考察してみました。
別の記事でデザイン思考の特徴を調べていく中で、デザインは物語の創出に注力しているという共通点を見出しました。ちなみに、物語を重視するのはデザインだけではありません。『知ってるつもり: 無知の科学』には、人間は記憶のために物語を利用するとありますし、『サピエンス全史』で有名なハラリ氏でさえ、人類史を彼なりのストーリーで紡いでいるに過ぎないと指摘されています。
こうしてデザイン界が前提としている考えをTransdisciplinary Designの視点で見ると、「デザインとは物語をつくること、そしてその物語をユーザーに信じ込ませること」という常識を疑うことから始めるべきではないかと思えてきます。すると、物語を生み出すのではなく、むしろ物語に囚われていることに気づかせるデザインを模索していく道が見えてきます。
修論テーマ案:脱物語のデザイン論
ここまでの新しいデザイン像を一言で表すとすれば、「脱物語のデザイン」です。生きづらさとは、自分に合わない物語に縛られていること。生きづらさが物語に縛られていることなら、まずは物語に縛られていることに気づく(メタ認知する)ことから始める。そうすれば、これまでの物語を受け入れるのか、別の物語を模索するのかを選ぶ自由が生まれます。
では、どうすれば自分が物語に縛られていることに気づけるのか? 具体的な方法は検討中ですが、以下の3つを挙げておきます。
一つ目は通時的な視点です。ニーチェでいう系譜学、ミシェル・フーコーでいう考古学の手法を使うことで、現代の常識を過去の視点からメタ認知できるようになります。
二つ目は共時的な視点です。これは文化人類学的な手法が参考になると思っています。異文化での生活を体験することで、自分の文化の常識をメタ認知できるようになります。
三つ目は、瞑想・マインドフルネスなどの内省です。一つ目と二つ目は他者との交流によってメタ認知する方法で、この方法は自分自身の内省でメタ認知を試みます。この方法は来学期に受講予定の「Mindfulness and Contemplative Engagement」などを参考にしていきたいです。
脱物語のデザインは、至高のデザインか?
「脱物語のデザイン」を提唱すると書いてきましたが、このデザインは意味があるのでしょうか? その根拠となりそうな話をご紹介します。
「Transcending Paradigms」
Transdisciplinary Designの授業の中で、システム思考の名著として有名なドネラ・H・メドウズの『世界はシステムで動く』を読む機会がありました。
この本の中で、複雑なシステムにデザインを介入させる地点を「レバレッジ・ポイント(てこの力点)」と呼んでおり、このレバレッジ・ポイントを影響力の大きさで10段階に分けています。その10段階の中で最も効果的なレバレッジ・ポイントとされているのが、「Transcending Paradigms(パラダイムを超える)」です。これは「まるで仏教の悟りである」とも表現されているのですが、人々の思い込みを覆すことが一番の影響力を及ぼすということのようです。
「人々の常識を覆すことが、最も効果的なデザインである」という主張を知った私は、このために何をするべきなのかと考え続けていました。こうしてたどり着いた仮説が、「デザインは人々に物語を押しつける争いに終始するのではなく、物語という幻想に囚われていることに気づかせる役目を担うべき」というものだったのです。
東洋思想が幻想から抜け出すことを教えてくれる
「脱物語のデザイン」を考える際に東洋思想が参考になりそうだとも予感しています。なぜなら、現代社会が西洋を中心に構築されてきていることを把握するには、東洋思想という比較対象があると分かりやすくなるからです。
西洋哲学史でもショーペンハウアー、ニーチェ、ミシェル・フーコーなど西洋の理性主義・本質主義に反対する系譜があります。ショーペンハウアーやニーチェが仏教を研究していたことが有名なように、西洋の常識に異を唱える哲学者は東洋思想への造詣が深い傾向があるようです。きっと西洋の常識を客観視するためには、東洋思想との比較が効果的なのでしょう。
脱物語のデザインで、何が生まれる?
「脱物語のデザイン」によってどんな作品やプロダクトが生まれるのでしょうか? その答えはもちろん、まだありません。今の進捗としては「今のデザインが物語を創ることに専念しているならば、逆に物語から抜け出すためのデザインもあり得るのではないか」という仮説を打ち出しただけであり、具体的な作品やプロダクトに落とし込むのはこれからのテーマです。
今言えるのは、脱物語のデザインとはメタ認知を助けてくれるデザインであるということ。物語という幻想を抜け出し、ありのままに世界を見ることができることを助けてくれるデザインを目指してみます。脱物語のデザインは、システム思考的に言えば最も効果的なレバレッジ・ポイントに位置しており、東洋思想(特に仏教)で言えば解脱を助けるデザインなのかもしれません。
まとめ
進歩史観から相対主義への変遷の歴史がデザインにも影響を与え、特に脱構築的な視点がTransdisicplinary Designに受け継がれているようです。また、Transdisicplinary Design的な視点をデザイン自身に向けてみれば、現代のデザインが物語の創出に傾倒している状況が見えてきました。
こうして「脱物語のデザイン」というコンセプトに辿り着いたのですが、果たしてこのアイデアが革新的なのかどうかは分かりません。このコンセプトに基づいて生まれた私の修士論文が、「脱物語のデザイン」の妥当性を示してくれることでしょう。
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