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狭い世界が集まった広い世界

まちなかをフラフラと歩きまわる(徘徊ではない)のが好きだ。

特に好きなのは黄昏時。
昼と夜の境目の時間帯。
私が住むところは昼間人口が極端に少ない。みんな外へと働きに、学びに行ってしまう。だから昼間は大抵静かで、ときおり手押し車の老人とすれ違ったり、職業不定のお喋りが聞こえたりする程度だ。

黄昏時になると町が動き始めるのがわかる。
踏切の遮断機が下がる音がしてから20分、町に灯りがともる。車やバイクが走り出して町が一気に動き出す。小学生の声が聞こえてくる。

そんな黄昏時に町を歩き回るのが好きだ。
住宅街からは生活の匂いがする。夜ご飯の匂いがする。お風呂を沸かす匂いがする。ガスの匂いがする。人がそこで生きているんだということがはっきりわかる匂いがする。
声も聞こえる。親子の話し声。夫婦の話し声。大声で誰かを呼ぶ声。
外に出ていた洗濯物が次々と仕舞われていく。
さらに時が過ぎると洗濯物が外に出される。
それぞれのリズムに乗って、この町は動き出しているのを歩き回りながら感じとる。

月明かりだけの時間になると町からはどんどん光が失われていく。月明かりだけの時間になると私は決まって高台にある踏切に行く。

町の明かりが完全に消えても、この光だけは絶対に失われることがない。
まるで誰かが踊り出すのを待っているかのような一筋のスポットライト。
もう電車は来ないのに、それでもこの光は失われない。

この光を背に立って空を見上げると、星空が見える。1番明るいのがベガ、その次がアルタイル、そしてデネブ。
それだけじゃなくてもっともっとたくさんの星が落っこちてくるんじゃないかってくらいに輝いて見える。
あまりにもたくさん星が見えるもんだから、どれがベガなのかわからなくなるときもあるけど、私の中で1番輝いて見えるのがきっとベガなんだと思う。

いつまでもいつまでも星を見ていると、見えないことも見えるような気がしてくる。
人工的な灯りのなかった時代、人々はきっともっと多くの星を見て、そこに未来とか運命とか永遠とか、いろんなものを託したんだろう。それぞれに好きな星があって、でもその星を毎日見つけられるわけじゃなくて、それでもその星が動いていくことで季節の移ろいを感じたんだろう。
良くも悪くも適当で優雅でな時間が流れていたのだろう。
誰かが火を発見しなかったら、誰かが電気を発明しなかったら、きっと今もその時間が流れ続けていただろう。火の発見も電気の発明もありがたいを通り過ぎて当たり前になって、無いことなんて想像できなくなっちゃったけど、でも確実に火がない時代が、電気がない時代が、振り返ったらある。
そんなことを考えながらいつまでもいつまでも星を見ている。

私は割と、今住んでいるこの町が好きだ。
周りからは不便だと言われるし、一刻も早くこの町から出ていきたいという人も大勢いる。
でも、私は好きだ。

東京にいた頃、マクドナルドなんて当たり前の存在だった。
今は1番近くのマクドナルドまで車で40分はかかる。
東京にいた頃、マクドナルドのメニューを前に悩むことなんか一度もなかった。今日食べないなら明日食べればいい。何も考えずに食べていた。スマホを見ながら適当に食べていた。
でも今は何を食べるかを真剣に考える。次に来れるのがいつかわからないから、1番美味しそうなものを何分もかけて悩んで、そしてしっかり味わって食べる。

でも私は、これを不便だと思わない。
東京にいた時よりも、今の方が美味しくハンバーガーを食べられるようになったと思う。今の方がハンバーガーのことが好きになったと思う。

どんなことも、簡単に手が届いでしまったら大切にすることはできなくなる。手が届かないところにあるものをようやく手にするから大切にすることができる。守ることができる。

黄昏時に動き出す町も、無限に広がる星空も、簡単に手が届かないものばかりの生活も、私は結構好きだ。

だから、私はこの町で暮らしていたいと思う。

話してみたい人がいる。
ダメ元で高校の時の担任に言ってみた。
もう、教師と生徒の関係ではなく、同じ業界人として、先輩後輩の関係になれたからこそ、ダメ元で言ってみた。
私には言葉しか無い。
黄昏時と町が好きなことも、無限の星空をいつまでも眺めていることも、言葉にしないと誰にも伝えられない。言葉にしても伝えられない。
それでも私には言葉しか無い。

言葉しかないと思って生きているだけかもしれない。
でも、言葉しかないと思って生きている人がいるかもしれない。
もし、そんな人がいるなら会ってみたい。
もし、その人が言葉以外を持っているなら、手にする方法を聞いてみたい。

だからダメ元で聞いてみた。
この人に会って話がしたい。

割とあっさりと簡単に話をする機会ができてしまった。
言ってみるもんだ。
私が思い悩むほどのことではないハードルだったようだ。

その人がどんな人なのか、私は文章からしか想像できていない。文章以外の情報を知らない。
だからこそ、言葉以外に何があるのかを知りたい。私にも言葉以外に何かがあるはずで、それを知るきっかけにしたい。
その人と話したい。知りたい。

私が生きてる世界は思っているよりも狭い。
何気なく言ってみたら、あっさりと現実のものになってしまった。

私が生きてるこの町にマクドナルドはない。
昼間は静かで、黄昏時になると動き出して、月明かりの時間には一筋の光だけが私を照らす。
狭い世界で生きてると思う。
悪い言い方をすれば閉塞感が漂っていると思う。

でも、だから私はいつまでもいつまでも星を見続ける。
この町にいない誰かも同じ星を見ているかもしれなくて、この星の光がもっともっと強かった時にこの星を見ていた人がいたかもしれなくて、見えない星を見ようとして望遠鏡を覗き込んでいる人がどこかにいるかもしれなくて。
そう思ったら狭い狭い世界が集まった広い世界に自分は生きてるんだって。
それが希望なのか絶望なのか普遍なのかわからないけど、
わからないからなんか良いなって思って、
だから今日も私は夜空を見上げてみる。

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