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黒の衝撃:川久保玲が変えたファッションの常識
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時代を超えて支持され続けるコムデギャルソンの魅力。その中でも「ローブドシャンブル」ラインから発表された1994年秋冬コレクションはシンプルでありながらも大胆さを秘めたデザインが特徴的だ。このシーズンのピースは日常的に使える気軽さと前衛的なスタイルが絶妙なバランスで共存している。今回紹介するショート丈のカーディガンもその魅力を余すことなく詰め込んだ一着だ。
まず目を引くのはそのシルエット。ショート丈ながらも身体にフィットしすぎず、自然に体のラインを引き立ててくれる絶妙なデザイン。シンプルな中にもコムデギャルソンらしい構築的なアプローチが光る。肩や袖に細やかに計算されたカッティングが施されており、羽織るだけで存在感を放つ。特にこのカーディガンはブラックを基調とした色合いが特徴。無地でありながらどこか奥行きを感じさせる素材感がモノトーンコーディネートをさらに引き立ててくれる。
このアイテムが登場した1994年秋冬コレクションといえば、川久保玲が手がけた革新的なデザインの数々が話題を呼んだシーズンだ。「服は単なる衣類ではなく、着る人に新しい価値観を提案するもの」という彼女の信念が色濃く反映されている。当時としても斬新だったが現代の視点で見てもなお新鮮だ。このカーディガンも日常着でありながらアートピースとしての存在感を併せ持つ、そんな象徴的な一着だ。
また、ショート丈というデザインはコーディネートの幅を広げてくれるのも魅力。例えば、ハイウエストのパンツやスカートと合わせてウエストラインを強調するスタイリング。あるいはワイドパンツに合わせてシルエットのコントラストを楽しむのもいい。もちろん、オールブラックのスタイリングで統一感を出してもカーディガンの持つディテールがさりげなく主張してくれる。素材感や形状が生み出す陰影がモノトーンコーディネートにリズムを加えるのだ。
さらに特筆すべきはそのクオリティ。コムデギャルソンのアイテムは、作りの良さでも群を抜いている。このカーディガンも例外ではなく丁寧な縫製としっかりとした素材が使われているため、時間が経ってもその美しさを損なうことがない。むしろ経年変化によって生まれる味わいが加わり、より特別な一着へと育っていくのもコムデギャルソンならではの楽しみ方だろう。
このような背景を持つアイテムはただ所有するだけでなく、その歴史や背景を知ることでさらに愛着が湧く。1994年秋冬という時代の中でこのカーディガンがどのような位置づけでデザインされたのか。あるいは川久保玲がどんな意図を込めたのか。それらに思いを馳せると、ただ「着る」だけではない、深い体験が得られるはずだ。
そんな「ローブドシャンブル」のショート丈カーディガン。手に取ることで時代を超えて語りかけてくるようなデザインの力強さを感じてほしい。そして、その一着を通して、自分自身のスタイルを自由に表現してみてはいかがだろうか。
Noteにて書かせて頂いた題材を中心に
Spotify for Podcastersにてお話させて頂いております。
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神奈川・三浦海岸に位置するビンテージ・セレクトショップ「UNKNOWN」の
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1981年、パリ・コレクションの舞台に初めて立った川久保玲とそのブランドComme des Garçonsはファッションの既成概念を根底から揺るがす存在となった。このコレクションが放った衝撃は「黒の衝撃」として語り継がれ、ファッション史における伝説的な出来事となっている。
当時のパリでは鮮やかな色彩と華やかな装飾、曲線的で優雅なシルエットが主流だった。その中で川久保玲は圧倒的な「黒」を基調としたコレクションを発表する。黒という色はそれまで喪服やフォーマルウェアといった特定の場面に限定される印象が強かったが彼女はそれを日常の装いとして解放し、色としての黒の可能性を大胆に示した。
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コレクションの最大の特徴はその異端ともいえるデザインアプローチだ。ほつれた生地、穴の開いた布、不規則にカットされたシルエット。それらは「未完成」「壊れた」という印象を与えながら、同時に新しい美しさを体現していた。この挑発的なデザインは、「ホームレスルック」や「貧しい服」と揶揄される一方で従来の美の基準を打ち壊す革命的なスタイルとして高く評価された。
さらに、ジェンダーの壁を曖昧にするシルエットも注目を集めた。それまでのファッションが性別ごとに異なるラインや装飾を強調していたのに対し、川久保のデザインは性差を超えた自由なフォルムを提示。ルーズで構築的な形は男性にも女性にも適応する普遍性を持ち、ファッションの在り方を根本から見直す提案となった。
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川久保玲の哲学を語るうえで欠かせないのが「ミニマリズム」だ。このコレクションでも過剰な装飾や華美なディテールは一切排除されている。目立つのは素材そのものの表情とデザインの持つ力強さ。表面を飾るのではなく、内側から湧き上がるような美を追求する姿勢が彼女のデザインには貫かれている。
素材そのものの持つ特性を最大限に活かすことで服がただの布の集合体ではないことを示した。あくまで「着る人」が主役であり、服はその背景となるべきだというメッセージが込められている。
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このコレクションは、川久保玲自身にとっての初のパリ進出であると同時に日本人デザイナーが世界のファッション界に存在感を示すきっかけとなった。同時期にパリで活躍を始めた山本耀司と共に、「日本の黒」がヨーロッパに革命をもたらしたとされる。
「黒の衝撃」は単なるトレンドではなく、ファッションそのものの概念を覆す思想的なムーブメントだった。以降、解体的なアプローチやミニマリズムの哲学が広がり、現代のモードにも深い影響を与えている。
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川久保玲にとって、黒は単なる色ではない。それは「無」を象徴し、余計なものを削ぎ落とした結果たどり着く純粋な状態を表している。さらに黒は反逆の精神をも秘めている。従来の価値観に対する挑戦、そして新しい価値観を創り出す力。この二面性が彼女のデザインを唯一無二のものにしている。
未完成であることの美しさ、不完全だからこそ生まれる味わい。それらを「黒」を通して表現することで彼女はファッションの枠を超えた思想的なメッセージを発信してきた。「黒の衝撃」は時代や流行を超えて、多くの人々の心を揺さぶり続ける。