【小説】弥勒奇譚 第十六話
この作業も終わろうとしていたある日龍穴社より使いが来た。
客人が来ているので下りてきてもらいたいとの事だった。
こんな所に客が来るはずはないので恐らく師匠の不空が来たのだろうと想像はついた。来るとは言っていたがまさか本当にここまで来るとは思っていなかったので、これには少しばかり驚いた。
弥勒が急いで下って行くと不空は汗を拭きながら待っていた。
「少しやつれたようだが仕事の進み具合はどうだ」
「はい、ほぼ彫り終わっていま表面の仕上げを
しているところです」
「もうそこまで出来ているのか。早いな」
「例の夢がここぞと言うところで手助けをして
くれているようで、行き詰ることもそれほどなくできた次第です」
「まだあの夢を見ているのか」
「そう言えばこのところ見なくなりました。
もう必要がないと言う事でしょうか」
「そんなこともあるまい」
弥勒はここに来る道すがら拝観した仏像の話や夢の続きなど息せき切ったように一気に話したのだった。
「なるほど確かに普通の夢では無いな。誰かがおまえに夢を見せているように感じるのも無理は無いな」
「話の続きは道すがら聞かせてもらうとして早く見たいな」
弥勒はそろそろ日も暮れかかってきたので作業場へは明朝案内しようと思っていたのだが、不空は話を聞いて早く見たくなったらしく弥勒を急き立てるように道を登って行った。
作業場についたころにはあたりは薄暗くなり始めていた。
「すまんが灯りを」
弥勒は急いで作業部屋の灯りを点けた。揺れる灯りに浮かび上がった薬師如来像はたった今彫りあがったとはとても思われないほどの重厚さと威厳を自然と身に纏っているように見えた。
一瞬、鳥肌が立つのを覚えた。
不空は息を飲んだ。