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【小説】弥勒奇譚 第十三話

次に衣の彫だが弥勒は衣文の彫りがあまり得意ではなかった。
全躯の調和を取るのが苦手なのである。少し彫っては像から離れて全躯を見る、少し彫っては全躯を見るの繰り返しでいつもの何倍もの時間と手間を掛けて衣文を彫りあげた。
お顔の彫りに取り掛かろうとするのだが最初の一手を入れるのに逡巡する日が続いた。仕方なく気分を変えようと頭髪を先にすることにした。
螺髪は掘り出さずに全て別に彫って頭に貼り付けようと考えていたので一つ一つ丁寧に作って行く。
細かい作業で意外に手間取り百八個すべてを彫りあげるのに数日かかってしまった。
それでもなお弥勒にはお顔に鑿を入れる勇気が出ない。
加波多寺で書き写した絵を見直したり夢を書き取った図面をながめたりしてみてもなかなか手につかなかった。

庭先の山藤の花も今にも咲きそうなまでに伸び、季節は初夏を迎えようとしていた。随分と先に思えていた約束の時期も残すところ百日を切ろうとしていた。
「このままでは約束通りに仕上げられないのでは」
今まで感じていなかった焦りが湧いてくるのであった。
不動は時たまやってきて雑談などして気づかってくれる。
「随分とはかどりましたな」
「いやどうしてもお顔を彫り始められなくて
少々焦ってきました」
「なにそう焦りなさるな。もう時間が無いではなく
まだ何日も十分余裕があると思う事じゃよ」
不動とのたわいのない話でいくらか気のまぎれる
弥勒であった。

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