【小説】弥勒奇譚 第二十一話
弥勒は挨拶もそこそこに室生寺を後にして自分の
作業場に戻ると、木端を使って今見てきた色付けの技法を見よう見まねでやってみた。
弥勒は今まで見てきた仏像への色付けにはどこか違和感があった。原色をそのまま使い鮮やかな色彩を
身にまとって行く仏像を見るのがどうしても好きになれなかった。
色彩に圧倒されて彫刻としての存在感が感じられ
なくなってしまうのがどうしようもなく嫌だったのである。
しかし自分の仕事ではないので口出しすることもないし、ましてや今までは自分の中でもどのようにしたいか分からなかったのである。
「この手法が今までの違和感を一掃してくれるかもしれない」
弥勒は今回の薬師如来の色付けはこの手法でやってみようと思った。そうとなれば色付けは今まで思い悩んでいたことが嘘のように捗って行った。
色付けは重ね塗りをしないと聞いていたが、弥勒はまず全躯に薄く白を塗って下地とし良く乾かした後で上から目的の色を載せていった。この方が色彩に柔らかさが出せるのではないかと思ったからだ。
下地が乾くのももどかしく肉身、衣、螺髪と塗り進めていく。
色の境目の部分は徐々にぼかすように塗っていくが
実際の仏像になるとむらができてなかなかうまくいかないのだった。
悪戦苦闘の末ようやく色付けが終わり後は開眼供養を残すのみとなった。
山里にはいつの間にか秋風が吹き始めていた。
「師匠は何と言ってくれるだろう。それより普賢は
満足してくれるだろうか」弥勒は夢を待ち望んでいる自分が居ることに苦笑いするのだった。
不動に会うため久しぶりに龍穴社を訪れたが生憎不在だった。本殿では薬師如来像を奉るための厨子を造っている最中で宮大工が二人で忙しそうに働いていた。