見出し画像

毒親をキッパリ諦めて前に進むために必要な過程②

前回の続きです。

親・きょうだいと、関わりながら生活するのか、距離を保ちながら細々と付き合いを続けるのか、完全に疎遠にするのか、その選択によって自分にできる選択も変わってきます。どちらにせよ、一番大切なことは「自分の人生を生きること」です。そのためにも、必要な過程があります。

自分の人生を生きるために必要な過程

機能不全家族・毒親育ちの人達は、頭では「これからは自分のやりたいことを選択して生きていく」と考えているはずです。でも、気付いてわかっていてもなかなか思考も行動も修正できません。まずここで必要なことは、「徹底的に親を憎むこと」です。怒りを消化しきれていない間は、ずっと気持ちがくすぶって、頭の中は親への強い怒りで支配されます。くすぶっている間は、「納得できていない」「割り切れていない」状態なので、自分の人生のために行動を起こせないはずなんです。

親を憎むことと並行して、「距離を置くこと」が必要です。自立して家を出る、パートナーと住む、親と同居なら事務的な会話しかしない、などです。精神的に踏み込ませないように自分の領域を守る必要があります。こうすることで、自分軸で生活することを意識できるようになり、仕事や趣味に集中でき、親に対する思考は少しずつ薄れていきます。

これらを並行して続け、親に対して「どうでもいい」気持ちになれば、諦めがつき、自分の人生のためにエネルギーを使おうと思えるようになります。私の場合、このきっかけになったのは、「親に気持ちを伝えて、伝わらないことがハッキリわかり、ムダに感じたこと」でした。諦めがつかない間は、心のどこかで「わかってくれるかもしれない」という期待が残っているはずなんです。
おそらくですが、親に部分的に共感力がある場合、期待する気持ちになるんだと思います。1ミリも通じなければ、最初から期待しないと思うんです。

共感し合える人と関わる

次に重要なことは、機能不全家族・毒親育ちを共感し合える人と関わることです。身近な親戚や友人で理解してくれる人がいれば、とても運が良いと思います。なぜなら、閉鎖的な家庭環境は親戚でも見破ることは難しいですし、普通の恵まれた家庭環境で育った人には、「親をしんどく感じ、生きづらいこと」は理解できないからです。経験していない人には、理解しようと努力してくれても、共感は難しいです。実際の本音もわかりません。

私は、似た境遇の方達のnoteの投稿を拝見したり、コメントのやり取りをしたりすることで、共感し合え、励まされ、罪悪感が薄れました。こういった経験は、否定されることがなく、自己肯定感につながりました。

自分のこれからへの不安が減る

これらの過程を順にたどり、怒りが消化され、自分への罪悪感が減ることで、自分のこれからの選択に自信を持てるようになった気がします。今までなら、何か新しく挑戦したり、生き方を変えようとしたりすると、
「やっぱり上手くいかない気がする」
「自分の人生を変えたいけど、不安で怖い」
「上手くいかないのは、やるなって意味だ」
などと、諦める方向の考え方が湧いていました。でも、これこそが「親から洗脳された思考癖」なんです。この、「自信のなさにつけこんで、自ら諦めさせる」親の習慣が残っているので、無意識に現状維持しようとする思考が働きます。

私は、親への諦めがついて、関わらないと決断した時点で、これらの考え方が薄れた気がします。親と関わりが残っている間は、心のどこかで「親の反応を気にする自分」「自信のない自分」がいたんです。
今でも、新しい挑戦にストレスは感じやすいですが、以前よりは、「新しい生き方に向かって準備するのが楽しい」と思えるようになりました。なかなか上手く進まず、不安が強かった時とは捉え方が違います。変化を楽しむこと、希望を感じること、というのが私の中の良い兆候です。

克服して生き方を変えるのに必要な期間

機能不全家族・毒親育ちと気付いてから、たくさんの心理学の書籍やインターネット記事、動画を見て知識を深めました。その中にあったのですが、「克服して自分らしく生きられるようになるには、それまでの人生の半分の年月が必要」とありました。つまり、28歳で気付いたなら、14年かかるということです。それくらい、家庭環境から受ける影響は大きいということなんですよね。だから、「こんなに長い年月がかかっているのに、自分の怒りが消えないのはおかしい」と思わなくていいんです。むしろ、当たり前くらいに思っていいんです。

しかも、克服の途中で、思ったより浅い年数で克服できたと思っていても、何かのきっかけで「まだだった」と思い知ってショックを受けるようなことがあるかもしれません。でも、そういう経験もあるのが普通です。私はこの、途中で思い知ったショックはダメージが大きく、なかなか立ち直れませんでした。

親の残りの人生より、今後の自分の人生

親も高齢になってくると、「あと数年しか過ごせないから」などと、罪悪感や自分の良心が働いて、親と関わることを親孝行と考えるかもしれません。でも、私はもうその考え方も終わりにしました。親が死ぬまでの数年を我慢して付き合うことは、親の意向に沿った行動なので、自分の人生を後回しにしていると思うからです。人生の前半で、十分親孝行の先払いをしたと思っているため、自分のこれからを大切にしたいと思っています。

自分は笑顔ですか?

私は、最近気付いたことがあります。自分では口角を上げて微笑んでいるつもりでも、表情は明るくなかったり、笑顔で話しているつもりでもそんなに笑顔じゃなかったりということです。これも、否定される損な役割を担い、屈託なく笑えなくなっていたんだと気付きました。
何より、幼い頃から感情を素直に出すことを遠慮するような環境でした。癇癪持ちの祖父が怖く、「楽しそうに笑ったら怒られる」という感覚がありました。祖父が亡くなってからは平和な空気になりましたが、大学生になった頃から、母親からのきょうだい差別、人格否定や暴言が酷くなりました。どんどん自分に自信がなくなり、卑屈な性格になったと思います。こんな環境で生活して、屈託なく笑えるはすがないです。一方で得な役割の弟は、素直に屈託なく感情を出しているように私には見えました。(ここ10年はわかりませんが)

もし、皆さんの中に、自分は良い笑顔じゃない、表情が明るくない、と思う方がいらっしゃるなら、それも自分のせいだと思わないで欲しいです。屈託なく笑って素直に感情を出せるのは、平和な環境で安心して育った基盤がないと、自然にはできないと思うからです。

まとめ

今回2回に渡って、「毒親をキッパリ諦めて前に進むために必要な過程」について私の経験を踏まえてまとめました。少しでも、同じ境遇の方の今後に役立てれば幸いです。もし、後から思い出したことがあれば、今後も追記していきたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

いいなと思ったら応援しよう!