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【ショートショート】誰かの幸せを願う

今日もポスティングをした。

一輪の押し花を添えた、ごく簡単なポストカード。
どこかの誰かを幸せにしたい、と自己満足から始めたことだった。

ポスティングを初めて10日経った頃、投函している時に居合わせた住人に怒鳴りつけられた。

変なものを投函して余計なゴミを増やすな、と。
そして次の日、その住人のポストには「チラシ等投函禁止」と貼り紙がされていた。その日を皮切りに、投函禁止と書かれたポストが日に日に増えて言った。

投函を初めて3ヶ月ほど経ったある日、一人の女性がポストのそばに立っていた。杖をつき、腰の曲がったおばあさんだった。

おはようございます、と挨拶していつものように投函を始めると、おばあさんが一歩二歩と近づいてきた。

手を止めておばあさんを見ると、おばあさんはポストカードを持つ私の手を握った。暖かい手だった。そうして私の目を見ると、「ありがとう」と嬉しそうに笑った。

その後、ポスティングをする私を見守ったおばあさんに近くのカフェへと誘われた。

コーヒーが届くと、身の上話で悪いのだけれど、とおばあさんは話し始めた。

1年前に病気を患い、歩くのが困難になったおばあさんは、ほとんど外へ出ることが無くなったという。3年前に亡くなった旦那さんと出かけるのが好きだったと言うが、病気をしてからは一層1人で閉じこもるばかりになったそうだ。

けれど、3ヶ月前ポストに一輪の押し花が添えられた手紙を受け取った時、唐突に外へ出たくなったのだという。旦那さんと出かけた時に見た花を思い出し、久しぶりに外の風景を見たいと。

そうして外に出てみると、季節はちょうど花の美しい春だった。十数枚のポストカードを手に、押し花にされた花を探して回った。

そして、摘んだ花を旦那さんの位牌の前に備えるのが日課になったそうだ。

あなたのおかげよ、とおばあさんは笑う。その笑顔を見て私は、胸に刺さったトゲがするりと抜け落ちるのを感じた。

この日、私はおばあさんと友達になった。

全てを失い、自分ではなく誰かの幸せを願うことしか出来なかった私に出来た初めての友達。

その日、一緒に摘んだ花は今も、おばあさんが書いてくれたポストカードに添えて大切に飾っている。

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