人生はマウスのボタン。
先日行った歯科医院の壁に、「Don’t dream your life. Live your dream.」 と書かれた壁掛けがあった。意味は、「夢をみるより、夢を生きよ」というところですが、歯の治療を受けている患者にとっては微妙な言葉かけだよね。
このような、夢を実現するべく邁進する人々への応援メッセージは世の中ごみのようにあふれているけれど、夢と勘違いして追ってきた間違いを生きていたり、一つ目の夢が叶わず次の夢を思い描けずに立ち止まっている中途半端な年ごろの迷走者を導くような言葉はあまり見かけません。
きっと迷走者がそのような言葉を残せる立場になった時には既に夢を叶えてしまった後だろうし(インスピレーショナルなメッセージを残す立場にある人々はだいたい何かを成し遂げていたり成功している人々だ)、迷走期の人にも結局、夢を生きよ、みたいな言葉かけが一番妥当になるということなのかもしれません、が、
そういう言葉が何の役にも立たない時がある。
マラソン大会で走るのをとっくに止めて、随分長いこと歩いてもう汗も乾いてしまったような者に、完走目指してレッツゴー!みたいな言葉かけをするのと同じです。
ところで、夢を叶えることと、成功することは必ずしもイコールではありませんが、成功への必要要素として注目を集めているペンシルベニア大学のアンジェラ・ダックワース博士による「Grit」(グリット=何かを成し遂げようとするガッツ、根性)の研究によるグリット方程式というものがあります。
それは「グリット=パッション(情熱)+Perseverance(忍耐)」
何かを成し遂げた人は、その何かに対して継続して抱き続けた情熱と、継続して努力した忍耐力の両方があった、というものです。
ただ、ダックワース博士の研究対象となったのが成功した人々ばかりであるため、必ずしもグリットを極めたものだけが成功したとは言えないという議論もあります。つまり、グリットがあり、強い情熱と忍耐を持って努力を続けた不成功者が世の中には数多くいるのではないか、そうであれば、グリットがあれば誰もが成功できるという図式は成り立たないのではないか、ということですね。(これはこれでやるせないけれど。)
目指すゴールによっては、縁とか運とかタイミングとか、何か目に見えない偶然と生まれ持った資質もグリットの上に重ならなければ、成功というのは訪れないのではないかと私もつくづく思います。
それにどの時点で成功、不成功を決めるのかという問題もある(または何を成功・不成功とするか、ということも)。
例えばブァン・ゴッホやフランツ・カフカは死ぬまで不成功者だったけれど、今となっては大成功者だし。研究対象者の中にも、あと一日待てば不成功者から成功者へと変わる者もいるかもしれません。
夢を生きるということでは、グリットとは別に人気を博している「デザイン・シンキング」というものもあります。ディブ・エヴァンスとビル・バーネットいうアップル社のエンジニアとデザイナーだった方々が(今はスタンフォード大学でデザイン・プログラムを教えている)、エンジニア界で用いられるデザインシンキングを人生にも応用しようと広がったものです。
このデザイン・シンキング、まず「行動によって解決できる問題」を見つけることから始まります(Problem finding)。だいたい多くの人の持ち出す問題というのはぼんやりとしていたり的外れだったり、投げかける質問そのものが間違っている場合が多いので、そこをまず見極めて問題を絞る、というわけです。
(例えば、「どうやったらミュージシャンとして食べていけるか」という問題・質問ならば、そもそもミュージシャンという仕事だけで食べていく人生を選べるのか、それを目指すなら、最初に取るべきアクションはなにか、それとも仕事もしながら音楽も続ける可能性も考慮するのか、こちらを目指すとしたら、最初に取るべきアクションはなにか、と考える。)
問題を絞ったら、そこからいくつかの具体的で行動可能な解決策・目標を想定し、その中から今最適と思われるものに絞って行動に移す。その行動の結果でてきた次の問題&解決法を考えて次に進む。これを繰り返す。
かなりざっくりと言うとこんな感じ。
大事なのは、たった一つの正解を導き出すのではなく、AからBへ、そこからCへと色々なバージョンを試しながら人生をデザインしていく、ということ。
つまり人生にも色々なバージョンが存在していて、これこそが完全正解のバージョンです、という「一つの答え」はなく、どのバージョンでも正解、それはまるでパソコンのマウスのボタンが一つでも二つでも、どちらのバージョンでも同様の機能を果たすし、どちらに転んでも使用者は満足していただろうという程度の感覚だよ、というようなことを提起しているのが、デザイン・シンキングなのです。
そしてデザイン・シンキングの特徴は、ひとつひとつの方向切り替え時に、その方向が行きつく最終点まで見えていなくて良いという点。やってみて失敗して、次の手を考える。それによって思わぬ方向から新しいものが出来上がったり、新しい可能性が生まれてくる。その時々の状況によって次の一手をデザインしていくわけですね。
まるでキング牧師の、「登っていく階段の全てが見えている必要はない、まずその最初の一歩を踏み出しなさい」という有名な言葉のように。
情熱と忍耐のグリットとは真逆の思考のようでいて、問題解決をしながら進み続けるという点においてはグリットと重なるところもあるような…。
まずは次の一手。今できることを一つ。それを情熱的に継続して努力する、ですね。
さ、がんばろ。